2011年3月31日木曜日
2011年3月29日火曜日
こんな発電機は嫌だ!
その昔、普通に社会人だった頃、私はCADオペレーターをしてました。
そして、ちょうど今頃のような穏やかな季節の昼下がりには、よくコクリコクリとシエスタしたものです。
優秀なCADオペというのは、仕事している振りをして姿勢を変えずに御昼寝出来たりもします。
しかし、そんな人間でも…
今度はそんな優秀なCADオペ達を管理する破目となり、そのときに閃いたのが足踏み式ミシンのようなデスクワーカーのためのパソコン用発電機でした。
※念のため、足踏み式ミシンを知らない人のために↓
※因みに、「ミシン」の語源は「ソーイング・マシン」のマシンが訛ったモノらしい(コレだけはホントの話)
先ずは、この商品の詳細をば…
絵的には↑のような形で、机上のミシン本体の代わりにパソコンを乗っけたものです。
※今思いましたが、電子工具などを使う工場労働者のための発電機としても応用できそうですね
そして朝礼とラジオ体操代わりに、足踏みチャージし電源オン。
あとはディズプレイが暗くならないよう、退社時間までひたすら足踏みさせるという、それはそれは天使のような悪魔のような永久運動機械です。
また、付属機能として…
足踏みを一定期間休むとランプが点る仕組みになっていて、誰がサボっているかが瞬時に判ります。
※オプションとしてサイレンを付けることも可能なので、社員の居眠りを自戒させるのには効果的ですネ
それでは、社員の怠慢と最近の電力不足に悩む全国の社長さま!
こんな発電機を開発して、あなたの会社の業績や稼働率アップを図ってみては如何でしょうか…
追伸
冗談はさておき、↓のような商品も実際にあるのですから、こんな時こそ奇抜な発想で事態を乗り切る必要があると私は思います。
��ステップ式携帯充電器)
http://www.int-connect.com/stepcharger/
そして、ちょうど今頃のような穏やかな季節の昼下がりには、よくコクリコクリとシエスタしたものです。
優秀なCADオペというのは、仕事している振りをして姿勢を変えずに御昼寝出来たりもします。
しかし、そんな人間でも…
今度はそんな優秀なCADオペ達を管理する破目となり、そのときに閃いたのが足踏み式ミシンのようなデスクワーカーのためのパソコン用発電機でした。
※念のため、足踏み式ミシンを知らない人のために↓
※因みに、「ミシン」の語源は「ソーイング・マシン」のマシンが訛ったモノらしい(コレだけはホントの話)
先ずは、この商品の詳細をば…
絵的には↑のような形で、机上のミシン本体の代わりにパソコンを乗っけたものです。
※今思いましたが、電子工具などを使う工場労働者のための発電機としても応用できそうですね
そして朝礼とラジオ体操代わりに、足踏みチャージし電源オン。
あとはディズプレイが暗くならないよう、退社時間までひたすら足踏みさせるという、それはそれは天使のような悪魔のような永久運動機械です。
また、付属機能として…
足踏みを一定期間休むとランプが点る仕組みになっていて、誰がサボっているかが瞬時に判ります。
※オプションとしてサイレンを付けることも可能なので、社員の居眠りを自戒させるのには効果的ですネ
それでは、社員の怠慢と最近の電力不足に悩む全国の社長さま!
こんな発電機を開発して、あなたの会社の業績や稼働率アップを図ってみては如何でしょうか…
追伸
冗談はさておき、↓のような商品も実際にあるのですから、こんな時こそ奇抜な発想で事態を乗り切る必要があると私は思います。
��ステップ式携帯充電器)
http://www.int-connect.com/stepcharger/
2011年3月27日日曜日
「新」電力供給システム
(この辺の知識は全く無いと前置きした上で…)
ゴミが「回収してもらうモノ」から「自分で集荷所に持っていくモノ」と発想を変えたことで劇的に変化した自治体があるように…
基本的に電気は各家庭や施設でソーラー若しくは風力などで自給し賄うものとし、企業や工場などの大口の需要者(そして大量消費は善であると信じる個人)の場合のみ電力会社から購入するシステムというのは如何でしょうか?
※まぁ既存の自家発電機器だけで100%賄えるか否かは判りませんが、今後も現在のように節電に努力すれば何とかイケるような気がしますし、また実際に都市部の集合住宅などは屋上やベランダをフル活用しても難しいでしょうが、敷地に余裕のある地域なら何とかなるような気もします…
何故なら…
今回の事態が収まって、国や電力会社がこれから新たな大規模発電所の建設計画を模索したとしても、今回の教訓が風化しない限り(まぁ、風化してはいけないのですが…)、多額の資金と膨大な労力を要してもその建設候補地を見つけることすら困難でしょう。
それならば…
その資金を各家庭や施設への、小規模なソーラーや風力発電機を設置するための補助金に当て
その労力を新しいライフスタイルへの転換を促進させる活動へとシフトする方が、コスト的にも時間的にも有効な気がします。
まぁ、こんな絵空事のようなシステムの利点は正直なところ…
現状でも余った電力は電力会社に売ることも出来るようですから節電すればするだけその恩恵が得られますし、どんなに節電しても結局は震災以前のように暮らしている人々と同様に計画停電の協力を依頼される不公平さがなくなることでしょうか…
…
やっぱり、無理かなぁ~
ゴミが「回収してもらうモノ」から「自分で集荷所に持っていくモノ」と発想を変えたことで劇的に変化した自治体があるように…
基本的に電気は各家庭や施設でソーラー若しくは風力などで自給し賄うものとし、企業や工場などの大口の需要者(そして大量消費は善であると信じる個人)の場合のみ電力会社から購入するシステムというのは如何でしょうか?
※まぁ既存の自家発電機器だけで100%賄えるか否かは判りませんが、今後も現在のように節電に努力すれば何とかイケるような気がしますし、また実際に都市部の集合住宅などは屋上やベランダをフル活用しても難しいでしょうが、敷地に余裕のある地域なら何とかなるような気もします…
何故なら…
今回の事態が収まって、国や電力会社がこれから新たな大規模発電所の建設計画を模索したとしても、今回の教訓が風化しない限り(まぁ、風化してはいけないのですが…)、多額の資金と膨大な労力を要してもその建設候補地を見つけることすら困難でしょう。
それならば…
その資金を各家庭や施設への、小規模なソーラーや風力発電機を設置するための補助金に当て
その労力を新しいライフスタイルへの転換を促進させる活動へとシフトする方が、コスト的にも時間的にも有効な気がします。
まぁ、こんな絵空事のようなシステムの利点は正直なところ…
現状でも余った電力は電力会社に売ることも出来るようですから節電すればするだけその恩恵が得られますし、どんなに節電しても結局は震災以前のように暮らしている人々と同様に計画停電の協力を依頼される不公平さがなくなることでしょうか…
…
やっぱり、無理かなぁ~
2011年3月26日土曜日
学級委員会
確かに糊が利いた汚れていない作業服は、フォーマルな席でのジーンズ姿以上に失礼だと思っていましたが、カイワレ大根をムシャムシャした時の面影がないことからも、かなり逼迫した状況だと思ったのが素直な感想であります
※今回は福島産のホウレン草をそうするだけの時間さえ惜しんだと僕は信じたい
にも関わらず、どこかの記者から「(原発事故を)収束させる目処はどうお考えですか!?」などと質問されたら…
「原子炉の中の悪魔(若しくは神様か…)に訊いてくれ!」
と言いたくなるのが、本音ではないでしょうか…
…
もはやこの期に及んで、罪のなすりつけをしている状況などでは在りません
それだけはもう一度、報道の方に確認して戴く必要があるように思った次第であります
※今回は福島産のホウレン草をそうするだけの時間さえ惜しんだと僕は信じたい
にも関わらず、どこかの記者から「(原発事故を)収束させる目処はどうお考えですか!?」などと質問されたら…
「原子炉の中の悪魔(若しくは神様か…)に訊いてくれ!」
と言いたくなるのが、本音ではないでしょうか…
…
もはやこの期に及んで、罪のなすりつけをしている状況などでは在りません
それだけはもう一度、報道の方に確認して戴く必要があるように思った次第であります
2011年3月24日木曜日
Born to run~走るために生まれた
クリストファー・マクドゥーガル著(近藤隆文訳) NHK出版
引用したいところは山ほどあるが、やはり捻くれ者の僕にとっては本文ではなく謝辞にあったカバーヨ・ブランコの↓の台詞がクールで小気味良く、且つ本書の趣旨であるような気がした。
走ることは人にモノを買わせるのが目的じゃない
走ることは自由でなきゃいけないのさ
引用したいところは山ほどあるが、やはり捻くれ者の僕にとっては本文ではなく謝辞にあったカバーヨ・ブランコの↓の台詞がクールで小気味良く、且つ本書の趣旨であるような気がした。
走ることは人にモノを買わせるのが目的じゃない
走ることは自由でなきゃいけないのさ
Born to run
☆アン・トレイソン
☆ジョー・ヴィヒル
☆スコット・ジュレク
★ウルトラランニングが素晴らしいのは、科学もなければ戦術本もなく、トレーニングマニュアルも一般の通念もないからだ。
こうした自由奔放な独創性こそ、大きなブレークスルーが遂げられる場所なのだ、とヴィヒル知っていた。(コロンブス、ビートルズ、ビルゲイツなら快く同意してくれるだろう)
★ウルトラランナーにはだます理由が無い。
得るものなど何一つないからだ。
名声も富もメダルもなく、賞金すらなかった。
(※↑レッドヴィル大会の場合かな?)
だからこそ、アンの血中にはEPOはなく、自宅の冷蔵庫に隠された血液は無く、フェデックスで東欧製のアナボリックステロイドのアンプルが運ばれてくることもない。
★ヴィヒルはこう確信するようになった。
人間の耐久力における次の大きな飛躍は、性格だ。
しかしそれは普通に言われる「根性」でも「ハングリーさ」でも「闘争心」でもない。
寧ろそれらとは正反対の「思い遣り」「やさしさ」「愛」である。
彼は身体のことは殆ど解明済みだった。
酸素消費効率における1%の差の影響について何時間でも話すことは出来た。
となれば、今度は脳のことである。
我々を皆元通りの生まれながらのランナーへと還す内なるスイッチはどうやって入れるのか…?
彼が知りたいのはそれだけだった。
☆エミール・ザトペック
(ヴィヒルが、そのヒントとしたチェコの悲運なマラソンランナー)
ロン・クラーク
(ザトペックと同時期のライバルで、オーストラリアのランナー)
★恐らく、我々のかかえるあらゆるトラブル~暴力、肥満、病気、憂鬱、貪欲といった克服できないものすべて~は、「走る民族」として生きることをやめたときに始まったのだろう。本能を否定すれば、それは別の、もっと醜いかたちで噴出する。
★トレイルとけんかするんじゃない!トレイルが差し出すものを受け取るんだ!。石と石の間を一歩で行くか二歩で行くか迷ったら三歩で行け!
~カバーヨ
★まさに極度の苦労と苦痛を超えたところで、自分にあるとは夢にも思わなかった安らぎと力がふんだんにみつかるのかもしれない。障害を突き抜けない限り、強さの源が活かされることはない。
~ウィリアム・ジェイムズ(哲学者)
★極度の疲労はいたずら好きなペットのようなものよ。会うのが本当に楽しみだし、合うたびにどんどんなついてくるし、言うことも聴いてくれるようになるわ
~リサ・スミス-バッチェン
↑つまり、何かを真に征服する唯一の方法とは、愛することなのだ
~著者
☆ジェン・シェルトン & ビリー・バーネット
★長い距離を走っていると、人生で大切なことは最後まで走りきることだって気がしてくる。そのときだけは頭の中はこんがらったりしない。何もかも静まり返って、あるのは純粋な流れだけになる。自分の動作とその流れだけ…。それが私の愛するもの-ただ野蛮人になって、森を走ることがネ」
~ジェン・シェルトン
☆ベアフット・テッド
シューズがさえぎるのは痛みであって、衝撃ではない。
痛みは我々に心地よい走りを教えてくれる
はだしになったそのときから、きみの走り方は変わるはずだ。
★裸足で歩くと地面と自分との関係ついての情報を絶えず受け取ることになるが、靴を履けば変わらぬ環境の中で眠るばかりだ。
~ポール・W・ブランド博士
★支えをすればその箇所は弱くなる。たくさん使えば、その分強くなるのだ。…裸足で走れば、面倒は一切生じない。
~アーサー・リディアード
cf.比叡山の千日回峰行では七年間、味噌汁、豆腐、野菜しか摂らない。
筋肉に必要なアミノ酸は野菜、穀物、豆類で十分だ。
炭水化物は消化が早いので、胃の中は何時でもトレーニング出来るような態勢である。
※肉が消化されるのを待っていたら12時間は掛かる
★朝一番に葉モノ野菜を食べれば体重はぐっと落ちるはずです。
★ランナーは組み立てラインの工場労働者、ひとつのこと(一定のスピードで真っ直ぐ進むこと)に長け、酷使されて機械が故障するまでその動きを繰り返す。
しかし、アスリートはターザンのようなものだ。
ターザンは泳ぎ、格闘し、ジャンプし、蔓にぶら下がる。
ターザンが次に何をするかは予想が付かず、だからこそ彼は怪我をしない。
☆アーサー・リディアード
★人は年をとるから走るのをやめるのではない。
走るのをやめるから年をとるとるのである。
2011年3月23日水曜日
ヒンズー教の予言によると…
世界の終わりは、衝撃音ではなく大きなアクビと共に訪れるらしい。
破滅の神シヴァが我々を消滅させるときにすることというのは…
何もしないこと
畢竟、のんびりと過ごしながら我々の身体から熱い血を吸い取り、あとはナメクジに変わるのを放っておくだけ…
※以上「Born to run/クリストファー・マクドゥーガル著」から引用
もしもこの寓話を信じるならば…
こんな大きな衝撃でもたらされた地震や事故はカタストロフィ~ましてや世界の終わりなど~では決してなく、実際ナメクジになりかけていた我々への警鐘なのかもしれない。
今こそライフスタイルの変革の時だと私は思う。
破滅の神シヴァが我々を消滅させるときにすることというのは…
何もしないこと
畢竟、のんびりと過ごしながら我々の身体から熱い血を吸い取り、あとはナメクジに変わるのを放っておくだけ…
※以上「Born to run/クリストファー・マクドゥーガル著」から引用
もしもこの寓話を信じるならば…
こんな大きな衝撃でもたらされた地震や事故はカタストロフィ~ましてや世界の終わりなど~では決してなく、実際ナメクジになりかけていた我々への警鐘なのかもしれない。
今こそライフスタイルの変革の時だと私は思う。
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