2026年5月10日日曜日

合掌

 コレでホントにおしまい…

さよならモモ


猫日記5月10日~何もなかったように…

因みに表題は荒井由実の唄

こちらも、ゆうべは結構な春の嵐だったが、今朝は穏やかな晴天。
猫は半野良だったので、その細いむくろを庭の草花で飾ってあげた。


人は失くしたものを胸に美しく刻めるから
いつもいつも
何もなかったように明日を迎える

ユーミンはこう歌っているが、私には…
そういう明日を迎えることは出来なかった…

つまり、一度埋葬をしようとしたものの、結局は…


生前はよくされた(してもらった)膝抱っこ
※半眼なのでマジで生きてるみたい…


そして昨夜はあまり出来なかった、故人(故猫)を偲んでの通夜ならぬ通昼。
酒のお供は生前猫が大好きだったサバ缶なり。
多分これで、夕方にヘベレケになる頃には埋葬出来るだろう。

猫日記はコレでおしまい(の予定)



2026年5月9日土曜日

猫日記5月9日~キューブラー・ロス、死の受容過程

否認と孤立 (Denial & Isolation): 「何かの間違いだ」と現実を否定し、告知にショックを受け、現実から目を背けようとする段階。

怒り (Anger): 「なぜ自分が」という憤りや妬みを、周囲の人々や医療スタッフにぶつける段階。

取り引き (Bargaining): 「悪いところを改めるから」など、神や運命に死の先延ばしを頼もうとする段階。

抑うつ (Depression): 取り引きが無駄だと感じ、運命に対して無力さや絶望、深い悲しみに襲われる段階。

受容 (Acceptance): 最終的に死を現実として受け入れ、静かに穏やかな心境に至る段階。

私的には受容していたつもりではいたが…

猫日記5月9日~旅立ち

病院に連れて行ってからは餌をチョビチョビ食べるようなったし、数日前にはそれまで受け付けなかったカリカリフードまで食べていたので、内心では「案外ヨボヨボなりに生き続けるのでは…」と楽観もしていた。
※今振り返ればカリカリを食べたのは最期の生きる力が無理矢理そうさせたのだろう。

そして最近は実家の母の寝床の方が好きになっていて、特に夜はそっちに泊まることが増えていたので、猫の切ない姿を見る機会も半減し、これ幸いとばかりに猫の病状観察は放置していたきらいもある。

そんな理由で今日も全然心配せず寒河江まで買い物に行ったら、昼前に突然母から「猫ヤバい」旨の電話…
状況を聴くと、今朝チュールを1本をペロッと食べたのに、それを全部布団の上で吐いたらしい。
急いで帰宅すると、確かにこれまで見たことないような衰弱状態。
そしてヨダレとウンコを垂れ流して部屋中に屍臭が漂っていた。

↓は私の部屋(そして猫のメインの寝床)に抱きかかえて戻った直後の様子。


この時点では未だ瞳孔は開いておらず、呼吸もせわしくはなかった。
ただ眼球は全く動くこともなく、その後も結局最期まで私と目を合わせることはなかった。
多分、末期癌患者のように既にトンでしまっていたのだろう。
猫にとっては苦痛を軽減するための最良の防御策だったと思うが、私にとっては猫との最期の会話が出来ず、それが一番の心残りであった。
※まぁこれも、ここ最近は母の方に懐いたことを言い訳に全然構ってやらなかったバチが当たったのだろう。


日が暮れるまでは小康状態で、そんなに苦しんでいる感じではなかった。


ちなみに↑は死後ではない。
手持ち無沙汰だったので、庭の花々の匂いを嗅いで元気になってくれないかと摘んできたのだ…


しかし日暮と共に徐々に苦痛が見え出した。
まずは身体が冷たくなってきたのでタオルを掛けてあげる。
発作の頻度も数分間隔だったのが1分間隔位になりオシッコとヨダレも垂れ流し状態になった。

そして20:20頃に、これまでは微動だにしなかったのに、急に小さい唸り声と共に全身を伸ばした。


これまで一本の縦線だった瞳孔がまん丸になった。
そして痙攣も発作もしなくなった。


私は最初、まぶたを閉じてあげても直ぐ元に戻ったので、この時点ではまだ生きていると勘違いしていたが、多分コレが最期だったと思われる。
※後でググったら、犬や猫は数分間抑え続けてあげないと閉じないらしいし、胸に耳を当てた時の鼓動は私のものが反響しただけだと思う。


「呆気ない」というのが正直なところである。
先述通り、病院で点滴してもらってからはそれなりに徘徊していたので、後の記念になるような写真や動画は何も撮っていなかった。


心臓マッサージをしようとも思ったが、もし仮に生き返ったとしても更なる苦痛が待っているだけなのでやめた。

えにぃうぇい

今はまだ気持ちの整理が付いていない。
今日は徹夜するつもりだったので拍子抜けな感もする。
半野良で13歳はそれなりに生きたのかもしれない。
でも独身の私にとって、特に障害者になって走れなくなってからは猫だけが生き甲斐だった。
あと数年は生きてくれると勝手に思っていた。
おいおい、待ってくれょ。
俺を置いていくなょ…

(つづく)