2026年5月30日土曜日

六畳小屋作り4

結局、全ての束に二方向以上(外周の束は全方向に)筋交いを設けた。
薄くて亀裂のある野地板でも、あるとないとでは頑丈さが全然違う。
省略しなくて良かった。


その後、農業用の遮光シートを防湿防水シートの代わりに敷き、断熱材を敷く。


最期に構造用合板を敷き、床組み完成!
※画像はビス留め前(時間切れのため明日の朝一仕事)


そして明日からはようやく小屋組みにシフト。
何度も言うが、床が出来れば半分は出来たようなもの。
※作業はいっぱい残っているが、レベルは既に出来てるので同じ寸法の柱を建てるだけであり、考えることも格段に減るニョロ

2026年5月29日金曜日

六畳小屋作り3

紆余曲折はあったが、おおよそ3日目でここまで出来た。
※頭の中のイメージを実物に変換するまでに掛かった時間は含めない(脳内変換が一番時間が掛かるのだが…)。

前回は重量ブロックを基礎にして、その上に土台を乗っける形だったので横揺れは余り気にしなかった(最悪でもブロックから滑り落ちるだけなので…)。ただ今回は床束を角材で50cm位まで上げたので、ちょっとした地震でもヤバいと起ち上げてから気付く。


外周だけでも束に筋交いみたいなものを掛けるか、束の下部も根絡み横架材で補強するか…。
はたまた四隅に短管パイプを打ち込んで横揺れ防止にするとか…

とにかく明日はダメ工事だな

えにぃうえい

土台同士の接合は↓みたいな感じ…
当初はビスなしでも接合するから都合が良いとおもっていたが、よ~く考えると接点部は合板の貼り合わせ位置でもある。
今回はビス位置をオフセットして、その分ピッチを狭くしたが、次回は何らかの工夫が必要。


これはまぁまぁ及第点


これも問題はない。

これも大丈夫

これが理想形だな。最低でも四隅だけは↑みたいにしないと…

2026年5月27日水曜日

六畳小屋作り2

当初の計画は
「あらかじめ水平&垂直を単管で作り、それに沿って土台や柱を建てていく」
だったが、昨日丸一日試行した挙句無謀だとあきらめた(なので昨日(26日)の作業は工程には含めない)。
※ただ折角組んだ仮設なのでそのままにしておいたが、後日これはこれで頗る役に立った。




以下に、今回の反省点、次の作品を作る時の備忘録として理想的な流れを記しておく。

①常道通り水糸を張って地盤は平らにする。
※今回は単管でレベルを測ろうとしたが…
②束石は何でも良いが、木の束は同じ寸法で用意。
※今回は地面の高低差に合わせて束の長さを決めた…
③外周の土台は事前に真っ直ぐに繋ぎ、且つしっかりとした寸法を出しておく。
※今回は束に乗せてから水平を取ったり寸法を出した…
④土台の四隅だけは45度づつカットしてしっかり固定
※柱との兼ね合いもあるので四隅だけは大事。それ以外の繋ぎ目は合板で抑えられる。
⑤四隅さえしっかり決めれば中のマスはぶっちゃけどうでも良い。

ここで「そもそも地盤は固めてなくて大丈夫なの?」と思われた方もいるかもしれないが、以前に何らかの建築物が建っていた地盤なら大丈夫だと私は考える。
ちなみにこの場所にはもともと村役場が建っていたので、個人的には全く心配していない。
つまり役場を建てた位の場所だから、地盤や自然災害には強いはずである。
それにもし不同沈下が起こったとしても、自動車用ジャッキで持ち上げてから積石で補強するつもりである。所詮は6畳の掘っ立て小屋なのだから…

えにぃうぇい

次回(明日は雨みたいなので休み…)は、内側も910㎜升に組んで、ヤバそうな所は束の筋交い(正式名称は知らない)を据える予定。
そして断熱材を入れて合板を敷けば床伏せは完了。
床さえ終われば、あとはとんとん拍子のはず…

2026年5月25日月曜日

六畳小屋作り1

前回は柱と梁の殆どを45x60垂木で作ったので垂木ハウスと称した。
今回は土台や通し柱などに9寸角を使うので何と呼ぼうかと考えあぐねていたが、まぁ此処で死ぬ覚悟なので表題しか思い浮かばなかった。
※ 後日もう少し呼びやすい名称が閃いたら即変える予定…
※6月3日追記:六畳記に改変

えにぃうえい


まず最初は、前回一番苦労した仮組み時の支えとなる足場のような仮設のようなものを建てた。
水糸でレベルを出すのを端折るためでもあったのだが…

(つづく…)

2026年5月23日土曜日

水が出た出た、水が出た!

 


取り合えず、水の心配はしなくて済んだ。
ラッキー

X(旧Twitter)の3200件より前のポストを見る一番簡単な方法

結論から言うとtwilogと連携するだけ。

恐らく日付の古い順から連携してくれるので、Xでは見られなかったポストからアップしてくれる。
ただ無料会員だと一月当たり200ポストに限定されるので、ポスト数が多いと一回では全部アップしてくれないかもしれない。そんな時は有料会員になるもよし、無料会員のまま月を跨いで少しづつダウンロードされるのを気長に待つも良し。

えにぃうぇい

↓は、twilogによって発掘出来た猫画像

偶然あくびの瞬間をとらえたショット

猫専用の扇風機を買ってあげたのだが、全然お気に入りにはならなかった

スーパーカブも征服したつもりなのだろう

えにぃうぇい

恐らく普通の猫バカなら、猫が大人になると馴れ合いとなって写真もがくんと少なくなるのではないだろうか。
少なくても私の場合は生後一年くらいまでのめんこい画像と、最晩年の涙がこぼれるだけの切ない画像が殆どである。

↑は5歳から7歳位のものなので非情に貴重な画像であ~る

2026年5月22日金曜日

屋根勾配の謎

「横に1820mm縦に910mm」なら5寸勾配で同じなのだが…
※10:5=1820:910

「横に1820mm縦に606mm」は3寸勾配ではない。
※10:3‡1820:606

一見、素人的には「横に◯寸縦に△寸」の方が分かりやすい気もするが、差し金を使ったりするとやはり違うんだろうな。

この辺を明日から建てる(ホントは今日からの予定だったが雨天で水入り…)現場で実感してみたい

追伸
これがインチの国になると、10刻みでなく12刻みになるらしいから更におもしろい。
私が新たに仕入れた木工用三角定規の勾配尺度はインチ系なのでチト試してみたい。

2026年5月21日木曜日

モモの晩年

※前のブログで「猫の思い出はやり過ごす」などと言いながら、twetterに埋もれていた写真を見つけたので性懲りもなくアップする。

↓はちょうど一年前の画像


確かこの頃から、私の布団よりも枕脇に置いたこの段ボールの方がお気に入りになった気がする(猫から見ても蹴飛ばされないので安眠できるのかも…(笑))。
ちなみにこの段ボールは天井近くの吊り戸棚に衣類などを入れていたものだが、頻繁にこの中で昼寝するようになったので、くぐり窓を作って猫専用の寝床にしてあげた。

そしてこの段ボールが棺桶となった。

2026年5月19日火曜日

過去はやり過ごしてから前に進め

表題はフォレストガンプの名言集から引用。 
You've got to put the past behind you before you can move on.

put behindが訳しずらいが、この映画に感動した人なら理解できると思う。

猫との思い出写真集はgoogle driveにアーカイブし、特に最期の切ない動画だけは余り観ないよう外付けHDDだけに保管した。

モモょ、私が天国に行くまで、しばしの別れだ。
※「お前は天国には行けない」というツッコミはノーサンキュ

えにぃうぇい


これが新居から眺める風景(になるかと…)。
今より空は狭くなるが、川が近く、そして天国にも近い。

明日から本格的な基礎工事に突入だ

2026年5月16日土曜日

ekワゴン車中泊仕様①

まずは後部座席を取っ払う。
大分スッキリした。


↑ではスペアタイヤも取っ払っているが、逆にくぼみを埋める必要があるのでコチラは戻した。

今回は引っ越しに伴う建築資材を運ぶ目的もあったので、カスタムは後日…


2026年5月15日金曜日

石岡タロー

実話を元にしたインディペンデンス映画。
悪くはなかったが、いつもの難癖をいくつか…

実話と同じように用務員ではなく教頭先生が飼い主で良かったんでないかい

元の飼い主もそれなりに探していたことは描がくべきだった。

タロー(コロ)の通い続けた延べ距離数、雨の日も欠かさなかった(のかな?)ことなどがもっと強調されるべきだった。
この驚くべき行動はマジで凄い。

2026年5月14日木曜日

モモのお墓

思い出すたびに涙が出ることは大分減った。
でもここに居る間だけは思いっきり感傷に浸ることにする。
そしてここ以外では余り思い出さないようにした。
もうそろそろ次のステップにいかないとね。

えにぃうぇい

ここにはモモが遺していったカリカリフードや水をお供えし、ここ数日は夏のような天気なので日除けも付けた。
そして、今の季節の朝の一番のお気に入りの場所は、この赤いボロボロのリラクシングチェアーだったので、お墓のすぐ隣に持っていってあげた。


私の目には見えないが、今も多分ここで寝ていると思う。

2026年5月12日火曜日

水恐怖症

モモの死後、初めてプールに行った。
予想通り、水恐怖症が久しぶりに発症した。

科学的な根拠は一切ない、今回の私の心理状態を述べると…

猫の死ぬ過程を見て、「自分の場合はどのように死んでいくのだろうか…」と考える

溺死なんかは一番怖い死に方だなぁ

おいおい、今俺はなぜ水の中に顔を埋めているんだ!?

死ぬぞ!早く顔を上げろょ


こんな感じになると、泳ぐどころか顔を水に漬けられなくなる。

私は溺れた経験はないが、小学生の頃のプール授業がトラウマにあると思う。
とにかく、あの圧迫感というか呼吸できなくなる感覚が非情に怖い。

トライアスロンを始めて、長時間楽に泳げるようになってからも、大会本番のスタートバトルで頭を蹴られたりしてパニクるともうダメだった。
※ちなみにデビュー戦は750mをほぼ顔出し平泳ぎで泳いだ。

えにぃうぇい

死については、難しい。

2026年5月11日月曜日

搬入開始

想定外のモモの不幸で全然ヤル気は出ないのだが、軽トラを借りる約束をしていたので最低限の荷物は運んだ。


悲しいけど、最初の一歩なり。

モモが遺していったもの…

ペットロスは続く。
ただ色々と思い出しながらモノを書いていると少しは気持ちも落ち着く。

↓は冷蔵庫や戸棚にあった残りもの。

カリカリは3月から殆ど食べず、ゼリー状のは水分だけを舐めるだけ、最後まで食べてくれた舌福でさえ半分しか食べなくなっていた。
※ただ旅立ち前日にはカリカリも食べた。もちろん翌日には全部吐いたらしいが…

えにぃうぇい

カリカリは食べてみると、意外と酒のつまみになる。
3缶セットの安いウェット系は私はダメだったが味付けをすればイケるかもしれない。
今度チャレンジしてみよう。
kalkanやCIAO、チュール系は未挑戦なので、コチラも今夜の晩酌で挑戦しようと思う。

追伸
モモは元気な頃、母以外の実家の人間には近づかなかったのだが、死ぬ数日前から義理の姉の脚を擦り擦りするようになったらしい。
そのせいだと思うが、姉は高~いフードをいっぱい買って来てくれた。
さ~て、その有効利用は、ジモティーで買ってもらうか、はたまた新たな養子を迎えるか…



2026年5月10日日曜日

さようならモモ

色々と言い訳をして埋葬を夕方まで延期したが、さすがにこれ以上は引き延ばせない。
コレで本当にお別れなり。

さようなら、そしてありがとう、モモ!

以下は数少ない過去のアルバムから…


多分誰かが捨てていったんだろうけど、突然ふいっと俺の前に現れたね。
だから名前は児童文学「モモ」から拝借したんだ。
モモのように茶色の、キジトラでもない、サビでもない独特の柄模様だったしね。

でも、すぐに俺を好きになってくれて…

膝抱っこが大のお気に入りに…

そして1年後には…

一度だけお母さんになったっけ…(^^ゞ



その後、避妊手術で嫌な思いもさせたけど…

読書や勉強中もじっと見守っててくれたね



まぁ時には勉強の邪魔をすることもあったけど…



俺もずっと好きだったよ。

13年間、本当にありがとう!

猫日記5月10日~何もなかったように…

因みに表題は荒井由実の唄

こちらも、ゆうべは結構な春の嵐だったが、今朝は穏やかな晴天。
猫は半野良だったので、その細いむくろを庭の草花で飾ってあげた。


人は失くしたものを胸に美しく刻めるから
いつもいつも
何もなかったように明日を迎える

ユーミンはこう歌っているが、私には…
そういう明日を迎えることは出来なかった…

つまり、一度埋葬をしようとしたものの、結局は…


生前はよくされた(してもらった)膝抱っこ
※半眼なのでマジで生きてるみたい…


そして昨夜はあまり出来なかった、故人(故猫)を偲んでの通夜ならぬ通昼。
酒のお供は生前猫が大好きだったサバ缶なり。
多分これで、夕方にヘベレケになる頃には埋葬出来るだろう。

猫日記はコレでおしまい(の予定)



2026年5月9日土曜日

猫日記5月9日~キューブラー・ロス、死の受容過程

否認と孤立 (Denial & Isolation): 「何かの間違いだ」と現実を否定し、告知にショックを受け、現実から目を背けようとする段階。

怒り (Anger): 「なぜ自分が」という憤りや妬みを、周囲の人々や医療スタッフにぶつける段階。

取り引き (Bargaining): 「悪いところを改めるから」など、神や運命に死の先延ばしを頼もうとする段階。

抑うつ (Depression): 取り引きが無駄だと感じ、運命に対して無力さや絶望、深い悲しみに襲われる段階。

受容 (Acceptance): 最終的に死を現実として受け入れ、静かに穏やかな心境に至る段階。

私的には受容していたつもりではいたが…

猫日記5月9日~旅立ち

病院に連れて行ってからは餌をチョビチョビ食べるようなったし、数日前にはそれまで受け付けなかったカリカリフードまで食べていたので、内心では「意外とヨボヨボなりに生き続けるのでは…」と楽観もしていた。
※今振り返れば、カリカリを食べたのも最期の生きる力が無理矢理そうさせたのだろう。

そして最近(特に夜は)実家の母の寝床の方が好きになっていて、猫の切ない姿を見る機会も半減し、これ幸いとばかりに猫の病状観察は放置していたきらいもある。

そんなわけで、今日も心配せず(言い訳をすれば朝に帰宅しない時は実家まで元気かどうか確認しに行ったりもしたが、何故か今日に限って忘れてしまった…)寒河江まで買い物に行ったら昼前に突然母から「猫ヤバい」旨の電話…
状況を聴くと、今朝チュールを1本をペロッと食べたのに、それを全部布団の上で吐いたらしい。
急いで帰宅すると、確かにこれまで見たことないような衰弱状態。
そしてヨダレとウンコを垂れ流して部屋中に屍臭が漂っていた。

多分今日が峠だろうと覚悟し、最期はやはり私の住処に連行した。
※振り返れば、その時無理矢理抱いた時が最後の(嫌々な)鳴き声だった。

↓は私の部屋(=猫の一番お気に入りの寝床)に戻った直後の様子。


この時点では未だ瞳孔は開いておらず、呼吸もせわしくはなかった。
ただ眼球は全く動くこともなく、その後も結局最期まで私と目を合わせることはなかった。
多分、末期癌患者のように既に飛んでしまっていたのだろう。
猫にとっては苦痛を軽減するための最良の防御策だったと思うが、私にとっては猫との最期の会話が出来ず、それが一番の心残りであった。
※まぁこれも、ここ最近実家の人間のほうに懐いたことを言い訳にして、全然構ってやらなかったバチが当たったのだろう。


日が暮れるまでは小康状態で、そんなに苦しんでいる感じではなかった。
数分から数十分おきに吐き気をするが、無論吐き出せるものは何もない。
手を握ったり櫛で毛繕いをしてあげたり、最期の御奉公に励んだ。


ちなみに↑は死後ではない。
手持ち無沙汰だったので、庭の花々の匂いを嗅いで元気になってくれないかと摘んできたりもした。


しかし日暮と共に少しづつ苦痛が見え出した。
これまでは涼しい所にばかり居たので熱があるのかと思っていたが、身体が冷たくなってきたのでタオルを掛けてあげる。
発作の頻度も数分間隔になりオシッコとヨダレも垂れ流し状態になった。

そして20:20頃に、これまでは微動だにしなかったのに、急に小さい唸り声と共に全身を伸ばした。

「何が起きた!?」というのが正直な感想。


そして、これまで一本の縦線だった瞳孔がまん丸になり、痙攣も吐き気もしなくなった。


私は最初、まぶたを閉じてあげても直ぐ元に戻ったので、この時点ではまだ生きていると勘違いしていたが、多分コレが最期だったと思われる。
※後でググったら、犬や猫の目蓋は数分抑え続けないと閉じないらしい。


「呆気ない」というのが正直なところである。
先述通り、病院で点滴してもらってからはそれなりに元気になったので、すっかり油断していた。


今はまだ気持ちの整理が付いていない。
今日は徹夜するつもりだったので拍子抜けな感もする。
※昼から看取りながら酒を呑み続けていたのでもうヘベレケなんだが…

半野良で13歳はそれなりに生きたのかもしれない。
でも独身で誰も身寄りのない私にとって、特に障害者になって走れなくなってからは猫との馴れ合いだけが生き甲斐だった。
なぜか15歳までは生きてくれると勝手に思っていた。
おいおい、待ってくれょ。
俺を置いていくなょ…

(つづく)