2026年5月11日月曜日

モモが遺していったもの…

ペットロスは続く。
ただ色々と思い出しながらモノを書いていると少しは気持ちも落ち着く。

↓は冷蔵庫や戸棚にあった残りもの。

カリカリは3月から殆ど食べず、ゼリー状のは水分だけを舐めるだけ、最後まで食べてくれた舌福でさえ半分しか食べなくなっていた。
※ただ旅立ち前日にはカリカリも食べた。もちろん翌日には全部吐いたらしいが…

えにぃうぇい

カリカリは食べてみると、意外と酒のつまみになる。
3缶セットの安いウェット系は私はダメだったが味付けをすればイケるかもしれない。
今度チャレンジしてみよう。
kalkanやCIAO、チュール系は未挑戦なので、コチラも今夜の晩酌で挑戦しようと思う。

追伸
モモは元気な頃、母以外の実家の人間には近づかなかったのだが、死ぬ数日前から義理の姉の脚を擦り擦りするようになったらしい。
そのせいだと思うが、姉は高~いフードをいっぱい買って来てくれた。
さ~て、その有効利用は、ジモティーで買ってもらうか、はたまた新たな養子を迎えるか…



2026年5月10日日曜日

さようならモモ

コレでホントにおしまい。

さようなら、そしてありがとう、モモ!

以下は数少ない過去のアルバムから…


多分誰かが捨てていったんだろうけど、突然ふいっと俺の前に現れたね。
だから名前は児童文学「モモ」から拝借したんだ。
モモのように茶色の、キジトラでもない、サビでもない独特の柄模様だったしね。

最初はビクビクしてたけど、すぐに俺を好きになってくれて…

膝抱っこが大のお気に入りに…

そして1年後には…

一度だけお母さんになったっけ…(^^ゞ



その後、避妊手術で嫌な思いもさせたけど…

読書や勉強中もじっと見守っててくれたね



まぁ時には勉強の邪魔をすることもあったけど…



俺もずっと好きだったよ。

13年間、本当にありがとう!

猫日記5月10日~何もなかったように…

因みに表題は荒井由実の唄

こちらも、ゆうべは結構な春の嵐だったが、今朝は穏やかな晴天。
猫は半野良だったので、その細いむくろを庭の草花で飾ってあげた。


人は失くしたものを胸に美しく刻めるから
いつもいつも
何もなかったように明日を迎える

ユーミンはこう歌っているが、私には…
そういう明日を迎えることは出来なかった…

つまり、一度埋葬をしようとしたものの、結局は…


生前はよくされた(してもらった)膝抱っこ
※半眼なのでマジで生きてるみたい…


そして昨夜はあまり出来なかった、故人(故猫)を偲んでの通夜ならぬ通昼。
酒のお供は生前猫が大好きだったサバ缶なり。
多分これで、夕方にヘベレケになる頃には埋葬出来るだろう。

猫日記はコレでおしまい(の予定)



2026年5月9日土曜日

猫日記5月9日~キューブラー・ロス、死の受容過程

否認と孤立 (Denial & Isolation): 「何かの間違いだ」と現実を否定し、告知にショックを受け、現実から目を背けようとする段階。

怒り (Anger): 「なぜ自分が」という憤りや妬みを、周囲の人々や医療スタッフにぶつける段階。

取り引き (Bargaining): 「悪いところを改めるから」など、神や運命に死の先延ばしを頼もうとする段階。

抑うつ (Depression): 取り引きが無駄だと感じ、運命に対して無力さや絶望、深い悲しみに襲われる段階。

受容 (Acceptance): 最終的に死を現実として受け入れ、静かに穏やかな心境に至る段階。

私的には受容していたつもりではいたが…

猫日記5月9日~旅立ち

病院に連れて行ってからは餌をチョビチョビ食べるようなったし、数日前にはそれまで受け付けなかったカリカリフードまで食べていたので、内心では「案外ヨボヨボなりに生き続けるのでは…」と楽観もしていた。
※今振り返ればカリカリを食べたのは最期の生きる力が無理矢理そうさせたのだろう。

そして最近は実家の母の寝床の方が好きになっていて、特に夜はそっちに泊まることが増えていたので、猫の切ない姿を見る機会も半減し、これ幸いとばかりに猫の病状観察は放置していたきらいもある。

そんな理由で今日も全然心配せず寒河江まで買い物に行ったら、昼前に突然母から「猫ヤバい」旨の電話…
状況を聴くと、今朝チュールを1本をペロッと食べたのに、それを全部布団の上で吐いたらしい。
急いで帰宅すると、確かにこれまで見たことないような衰弱状態。
そしてヨダレとウンコを垂れ流して部屋中に屍臭が漂っていた。

↓は私の部屋(そして猫のメインの寝床)に抱きかかえて戻った直後の様子。


この時点では未だ瞳孔は開いておらず、呼吸もせわしくはなかった。
ただ眼球は全く動くこともなく、その後も結局最期まで私と目を合わせることはなかった。
多分、末期癌患者のように既にトンでしまっていたのだろう。
猫にとっては苦痛を軽減するための最良の防御策だったと思うが、私にとっては猫との最期の会話が出来ず、それが一番の心残りであった。
※まぁこれも、ここ最近は母の方に懐いたことを言い訳に全然構ってやらなかったバチが当たったのだろう。


日が暮れるまでは小康状態で、そんなに苦しんでいる感じではなかった。


ちなみに↑は死後ではない。
手持ち無沙汰だったので、庭の花々の匂いを嗅いで元気になってくれないかと摘んできたのだ…


しかし日暮と共に徐々に苦痛が見え出した。
まずは身体が冷たくなってきたのでタオルを掛けてあげる。
発作の頻度も数分間隔だったのが1分間隔位になりオシッコとヨダレも垂れ流し状態になった。

そして20:20頃に、これまでは微動だにしなかったのに、急に小さい唸り声と共に全身を伸ばした。


これまで一本の縦線だった瞳孔がまん丸になった。
そして痙攣も発作もしなくなった。


私は最初、まぶたを閉じてあげても直ぐ元に戻ったので、この時点ではまだ生きていると勘違いしていたが、多分コレが最期だったと思われる。
※後でググったら、犬や猫は数分間抑え続けてあげないと閉じないらしいし、胸に耳を当てた時の鼓動は私のものが反響しただけだと思う。


「呆気ない」というのが正直なところである。
先述通り、病院で点滴してもらってからはそれなりに徘徊していたので、後の記念になるような写真や動画は何も撮っていなかった。


心臓マッサージをしようとも思ったが、もし仮に生き返ったとしても更なる苦痛が待っているだけなのでやめた。

えにぃうぇい

今はまだ気持ちの整理が付いていない。
今日は徹夜するつもりだったので拍子抜けな感もする。
半野良で13歳はそれなりに生きたのかもしれない。
でも独身の私にとって、特に障害者になって走れなくなってからは猫だけが生き甲斐だった。
あと数年は生きてくれると勝手に思っていた。
おいおい、待ってくれょ。
俺を置いていくなょ…

(つづく)

2026年4月30日木曜日

終の棲家を作る1

正式な移住は猫が旅立ってからと呑気に考えていたが、もしかすると猫の旅立ちの方が早そうである。

えにぃうぇい

まずはエスキース的なものを描き、大体の見積もりも終わった。


これから既存の部材はプレカットし、合板と波板を買って現場作業に入る。

追伸
Tさんへ
Root Oneをいじれないのはこういう理由だったのです。
この小屋が完成したら御招待しますので、早く良くなってくださいネ

2026年4月27日月曜日

人間の条件

 最後くらいは日本に還らせても良かったような気もする。