新しく通うジムのプールは学童が多い。(ましてや17:30~19:30は成人会員お断りのスタンス)
おまけに親の見学ブースはプール正面の通路なので、私もプールを往復する度にそんなママス&パパスの風景をまざまざと見ることとなる。
そんな中でどうしても理解出来ないのが一心にプールを見つめ続ける方である。
本を読んだりスマホを弄ったりママ友同士で会話をしているのは普通に理解できる。子供の習い事が終わるのを待ち、一緒に帰るのだろう。
また野球やサッカー教室など直ぐに自分の子供が判別できる場合ならば、それを一心不乱に見つめる親がいても理解できる。
「素振りが上手くなったネ」とか、「キックはもう少し踏み込んだ方が…」とか、家に帰ってからの親子の会話のネタにもなる筈だ。
しかしスイミングの場合は一つのコースで何人もが列をなして延々と泳ぎ続ける、ただそれだけの風景である。
どんなに見つめても水の中の動きは全く判らない。と言うか、よーく目を凝らしていないと誰が自分の子供なのかさえ判らなくなると私は思う。それとも本当の親子なら判るのだろうか?だから一心不乱に見つめ続けるのだろうか?
…
今日「The Deep End of the Ocean」という映画を観て、前々から疑念に沸いていた↑の理由が少しだけ判った。
恐らく、親が考える以上に子供は色んなことを考えている。
そんな子供の強かさを親は全く気付いていない。
と言うか、自分こそ子供の気持ちを理解していると信じて疑わない。
以上は親になる資格も術もない、勿論親の気持ちなど全然判らない厭世人の戯言である。
2014年4月29日火曜日
2014年4月24日木曜日
ノッチと浅田真央のお父さんが寿司を食べて…
2014年4月24日付の大手新聞の一面は、殆どがそんな異業種のタレント同士が談笑する写真だった。
どうやらその席で、ノッチは真央ちゃんの国が集団的自衛権を行使することを賞賛したらしい(by読売新聞)
��確かノッチはノーベル平和賞も獲得していると私は記憶しているが…)
もしこれが真実ならば、真央ちゃんはノッチから頼まれたら地球の裏側にでも応援に行ける(行かざるを得ない)ことになる。
勿論その費用もリスクも全部真央ちゃん払い。
全ては真央安倍ちゃんと愉快な仲間達で決められた「よげんのしょ」の中の計画である。
ノッチはそれには全然関与していない。と言うか、そんな「よげんのしょ」には全然興味がない。
興味があるのは中国が何を考えているかだけである。
ついでに言えば「御馳走してくれる」と言うから、ちょっと立ち寄っただけである。
御馳走になった手前、二言三言お世辞を言う羽目になったが、その程度である。
えにぃうぇい…
重ねて言うが、「よげんのしょ」計画は確実に進んでいる。
別にホイドには知ったこっちゃないが…
どうやらその席で、ノッチは真央ちゃんの国が集団的自衛権を行使することを賞賛したらしい(by読売新聞)
��確かノッチはノーベル平和賞も獲得していると私は記憶しているが…)
もしこれが真実ならば、真央ちゃんはノッチから頼まれたら地球の裏側にでも応援に行ける(行かざるを得ない)ことになる。
勿論その費用もリスクも全部真央ちゃん払い。
全ては
ノッチはそれには全然関与していない。と言うか、そんな「よげんのしょ」には全然興味がない。
興味があるのは中国が何を考えているかだけである。
ついでに言えば「御馳走してくれる」と言うから、ちょっと立ち寄っただけである。
御馳走になった手前、二言三言お世辞を言う羽目になったが、その程度である。
えにぃうぇい…
重ねて言うが、「よげんのしょ」計画は確実に進んでいる。
別にホイドには知ったこっちゃないが…
2014年4月22日火曜日
(投稿)(採用)「置賜自給圏」構想を県内に拡大しよう
山形新聞、2014年4月22日付投稿に採用
↓が原文
13日付本紙で「置賜自給圏」なる構想があることを知り、さすが「為せば成る」の精神が今なお息衝く方々の発想だと感嘆した。私はこれを県の構想として拡大する旨を提案したい。
石油は近い将来枯渇する。それは大地震のような確率の問題ではなく必ず来る難局である。しかし人間は不都合なことは考えたがらないらしい。だから私達が今から率先して石油なき後の社会システムを考案・構築し「自給自足」県としてその先駆性を世間に訴えようという主旨である。因みに「卒原発」の回答にもなる。
幸い我が県は食糧自給率は100%超なので食糧の心配はない。また持ち家率・敷地率も高いので各家庭で自家発電を設置したり、庭で野菜を自給するのも比較的容易である。自家発電などは県の補助促進策が必要になるかもしれないが、自転車通勤に挑戦したり、家庭菜園を親子で楽しむレジャーと捉えたり、薪ストーブで家族の団らんを演出したりと個々人の発想の転換やちょっとした費用で楽しみながら石油依存を減らすことも十分に可能だ。
もしこの試みが功を奏し「山形県は食糧も空気も水も潤沢で美味しい。県民も当然のようにエコな暮らしを実践している。そして石油への依存度が極めて低い」と周知されれば、県や自治体が移住促進の宣伝などせずとも、日本中から移住者が押し寄せてくるのではないだろうか。
最後に改めて申し上げる。何事も「為さねば成らぬ」のである。
…
私見では「卒原発」はあくまでも"こじつけ"だった。
さくらんぼの被りもので仮装デビューした我が町出身の知事へのオマージュでもあった。
※因みに一連の「被りもの」に対する私の本音はコチラ↓
http://vegetus.blog105.fc2.com/blog-entry-972.html
表題(ヘッドライン)を付けたり、ちょっと改稿しただけで結構ニュアンスが変わるものだと、(個人的には)改めて驚愕した次第である。
↓が原文
13日付本紙で「置賜自給圏」なる構想があることを知り、さすが「為せば成る」の精神が今なお息衝く方々の発想だと感嘆した。私はこれを県の構想として拡大する旨を提案したい。
石油は近い将来枯渇する。それは大地震のような確率の問題ではなく必ず来る難局である。しかし人間は不都合なことは考えたがらないらしい。だから私達が今から率先して石油なき後の社会システムを考案・構築し「自給自足」県としてその先駆性を世間に訴えようという主旨である。因みに「卒原発」の回答にもなる。
幸い我が県は食糧自給率は100%超なので食糧の心配はない。また持ち家率・敷地率も高いので各家庭で自家発電を設置したり、庭で野菜を自給するのも比較的容易である。自家発電などは県の補助促進策が必要になるかもしれないが、自転車通勤に挑戦したり、家庭菜園を親子で楽しむレジャーと捉えたり、薪ストーブで家族の団らんを演出したりと個々人の発想の転換やちょっとした費用で楽しみながら石油依存を減らすことも十分に可能だ。
もしこの試みが功を奏し「山形県は食糧も空気も水も潤沢で美味しい。県民も当然のようにエコな暮らしを実践している。そして石油への依存度が極めて低い」と周知されれば、県や自治体が移住促進の宣伝などせずとも、日本中から移住者が押し寄せてくるのではないだろうか。
最後に改めて申し上げる。何事も「為さねば成らぬ」のである。
…
私見では「卒原発」はあくまでも"こじつけ"だった。
さくらんぼの被りもので仮装デビューした我が町出身の知事へのオマージュでもあった。
※因みに一連の「被りもの」に対する私の本音はコチラ↓
http://vegetus.blog105.fc2.com/blog-entry-972.html
表題(ヘッドライン)を付けたり、ちょっと改稿しただけで結構ニュアンスが変わるものだと、(個人的には)改めて驚愕した次第である。
僕の村は戦場だった(映画)
こんな名作があるとは知らなかった。
監督:アンドレイ・タルコフスキー
監督:アンドレイ・タルコフスキー
僕の村は戦場だった DVD HDマスター
posted with amazlet at 15.02.03
IVC,Ltd.(VC)(D) (2013-12-20)
売り上げランキング: 50,143
売り上げランキング: 50,143
2014年4月21日月曜日
ひまわり
あの頃はトリフォーとかフェリーニとかヴィスコンティーとか、とにかく何でも観てやろうという意気込みだったからか、結局は「灯台下暗し」何も観てなかったのかもしれないと海より深く反省。否、20歳前後のガキがその辺の真髄など理解できる術はないのかもしれないと慰める。
当初は伊太利亜版岸壁の母と記憶していたが、観直してみると冬のソナタ以上(?)のメロドラマ。
※因みに私は冬のソナタなどの韓流モノは一つも観たことがないので本当の所は判らない。韓流好きの方でこちらにも興味を持たれた方は是非観て頂きたい。(それでも冬のソナタの方が面白かったらスミマセン…)
えぃうぇい…
ストライキで交通機関が動かず故郷へ還れず、電力もストップしてろうそくでしか元恋人の顔が拝めない。
そんな設定は無意識の間に社会主義化し、停電など有り得ないどこかの国ではまず有り得ない。
と言うか、グーグル閣下とスマホ王子が蔓延る今ではどこの国でも描けない台本なり。
ますます面白くない無味乾燥な世界に私たちは進んで足を突っ込んでいる。
追伸
そもそもそんなイタリアの悲劇は、元々ラテンな発想の人々が堅物のドイツや日本と同盟を結んで戦争を仕掛けたことがその発端である。
イタリアがソ連に派兵するなんて今から考えればどだいおかしな話である。だからこそ当時のソ連もそんな映画の撮影を許可したのではなかろうか。(似たような映画の撮影許可を日本が願ったとしても、まず却下された筈…)
当初は伊太利亜版岸壁の母と記憶していたが、観直してみると冬のソナタ以上(?)のメロドラマ。
※因みに私は冬のソナタなどの韓流モノは一つも観たことがないので本当の所は判らない。韓流好きの方でこちらにも興味を持たれた方は是非観て頂きたい。(それでも冬のソナタの方が面白かったらスミマセン…)
えぃうぇい…
ストライキで交通機関が動かず故郷へ還れず、電力もストップしてろうそくでしか元恋人の顔が拝めない。
そんな設定は無意識の間に社会主義化し、停電など有り得ないどこかの国ではまず有り得ない。
と言うか、グーグル閣下とスマホ王子が蔓延る今ではどこの国でも描けない台本なり。
ますます面白くない無味乾燥な世界に私たちは進んで足を突っ込んでいる。
追伸
そもそもそんなイタリアの悲劇は、元々ラテンな発想の人々が堅物のドイツや日本と同盟を結んで戦争を仕掛けたことがその発端である。
イタリアがソ連に派兵するなんて今から考えればどだいおかしな話である。だからこそ当時のソ連もそんな映画の撮影を許可したのではなかろうか。(似たような映画の撮影許可を日本が願ったとしても、まず却下された筈…)
ひまわり HDニューマスター版 [DVD]
posted with amazlet at 15.02.03
エスピーオー (2009-12-02)
売り上げランキング: 2,278
売り上げランキング: 2,278
誰も戦争を教えてくれなかった
「戦争、ダメ、絶対」と繰り返しながら、僕たちはまだ、戦争の加害者にも被害者にもなれずにいる。
右の人も左の人も、もちろん市井の人も、皆その就縛から逃れることが出来ていない。
先の大戦から学ぶにには時代も戦争の形態も武器も変わり過ぎており、参考には出来ない。
だとしたら、戦後70年近く続いて来た「平和ボケ」とも言える現実から思想やシステムから学んでいくしかない。
詰まる所、誰にも戦争というものの本質を知ることは出来ないし、だから子孫に教えることも出来ない。
だったら、いっそ戦争なんて知らない方が良い。
僕たちは戦争を知らない。
そこから始めていくしかない。
背伸びして国防の意義を語るのでもなく、安直な想像力を働かせて戦死者たちと自分を同一化するのでもなく、戦争を自分に都合よく解釈し直すのでもない。
戦争を知らずに、平和な場所で生きてきた。
そのことをまず、気負わずに肯定してあげれば良い。
※以上は全て本書より抜粋、一部勝手に改稿。
右の人も左の人も、もちろん市井の人も、皆その就縛から逃れることが出来ていない。
先の大戦から学ぶにには時代も戦争の形態も武器も変わり過ぎており、参考には出来ない。
だとしたら、戦後70年近く続いて来た「平和ボケ」とも言える現実から思想やシステムから学んでいくしかない。
詰まる所、誰にも戦争というものの本質を知ることは出来ないし、だから子孫に教えることも出来ない。
だったら、いっそ戦争なんて知らない方が良い。
僕たちは戦争を知らない。
そこから始めていくしかない。
背伸びして国防の意義を語るのでもなく、安直な想像力を働かせて戦死者たちと自分を同一化するのでもなく、戦争を自分に都合よく解釈し直すのでもない。
戦争を知らずに、平和な場所で生きてきた。
そのことをまず、気負わずに肯定してあげれば良い。
※以上は全て本書より抜粋、一部勝手に改稿。
2014年4月20日日曜日
登録:
投稿 (Atom)