2010年3月26日金曜日

セネカ現代人への手紙

自分自身への嫌悪を引き起こすのは常に何もしないのらくら暮らしである。

私はその日その日が我が最後の日と覚悟して生きている。

哲学は理論的でもあるが実践的でもある。なので私はそれを探求しているのであって、君たちに忠告したり、警告したりするだけで満足する者ではない。

何であれ、欲望によって得たものは全て他人のものであると考えよ。また運命が君のためにしてくれたことも君のものではない。他者から与えられたようなものは直ぐに取り戻されるものなのだから。

精神的に自由になりたいなら、貧乏になるか、貧乏の真似をせよ。

奴隷状態が人間を捉えていることは滅多にない。大抵は人間自らが奴隷状態でいることを掴んで放さないのだ。

荷物を背負ったまま泳いで助かる可能性は限りなく低い。

富の軽蔑こそ富へと達する最短の途である。

どんな処に死が待ち受けているか誰にも判らない。ならばこちらから待ち受けるべきである。

人は誰でも真に自分のもの~それは魂とそこから成熟した理性~以外は自慢してはならない。

私は大きくて何の不安もない智慧の大国を知っている。そこでは所有物はすべての人のものであるという意味において全てを所有している。

争いは獲物が存在するから起こる。しかしそれを得た者が最後まで幸福だった試しは一度もない。

運命に身を委ねたる者は大いなる魂である。運命には逆う者、世界秩序について悪しく思う者、自分自身でなく世界を改良しようと思う者は墜落した人間である。

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