言うは易く行うは難しだが、敢えてそう思うようになった経緯を以下に記す。
もうしばらく昔話にお付き合い戴けたら光栄なり。
佐渡A挑戦を決意して間もない2008年の8月、彩湖で催されるミドルレースにジョグノートで知り合った知人が参加するということで、後学も兼ねて応援に行った。その時にバイク折り返し地点で(こう言っては失礼だが、全然年齢に似合わない活発なスタイルで)選手たちを誘導する翁がいた。当時の私はその翁がロングディスタンス界のレジェンド小島豊氏であることも知らず、ただの興味本位で氏のアイアンマン体験談から私生活の話まで色々お伺いした。
今振り返れば、あれは運命の出会いだと私は勝手に思っている。もしこの出会いがなければ、私は佐渡A完走(2009年達成)後も休むことなく走り続けたと思う。元来すぐに天狗になる性格だし虚栄心もハンパないので行くところまでいったはずだ。そして何処かで息切れしてダウンしていたことだろう(つまり登山で滑落して障碍者となった今とは、また違った形で挫折したと…)。
それ故に小島氏の、謙虚な姿勢ながらもトライアスロンに対する情熱の高さは非常に教訓ともなった(後日、氏は日本郵船の船長だと知って納得)。そんなスタイルがとてもクールだと思えたのである。
えにぃうぇ~い
もちろん何歳まで生きられるかは神のみぞ知る。それに私の場合はペダルを廻せるようになるか、まともに走れるようになるかも微妙である。それでも敢えて、私は最年長でのアイアンマン完走を目指したい。
まぁ「そんなこと言ってる時点で既に謙虚さを忘れている」のではあるのだが…