2010年12月28日火曜日

石油に頼らない~森から始める日本再生

養老孟司・日本に健全な森をつくり直す委員会編

養老先生曰く
「石油がなくなる前にやっておくべきことを今のうちからやっていこう」
日本人は徹底的にやってしまうから、石油がなくなってからやったのでは日本の山は禿げ山だらけになるだろう。


日本には真に「業」としての林業は未だ存在しない
名目上は「500年の歴史」があると言われているが、それは吉野などの一部の地域のみで、全国レベルで植林されたのが明治期、本格化したのは太平洋戦争後とのこと
それに、戦後の林業は膨大する需要による「バブル状態」だから保たれていただけであって、その後材価が落ち着いても経営努力も改善もせず、「安い外材が日本の林業を衰退させた」と愚痴ることしかせずに現在に至るらしい。

編者曰く、「林業は先進国型産業」であり、実際アメリカ、カナダ、ニュージーランド、オーストリア、ドイツなどは主要な木材輸出国でもある。
産業用丸太の生産高は、後進国が1/3で先進国2/3
(※後進国のプランテーション方式と原生林伐採は真の林業とは言えない)

因みにドイツでは、林業の方が自動車産業よりも多くの雇用を生み出しているらしいから、私達もト○タにおんぶに抱っこの20世紀的発想をシフトする必要があるだろう。

そして、今喫緊の事項は
「森林所有者のとりまとめ」、「作業道づくり」、「最新の林業機械の導入」、「効率的な作業システム」で、ドイツの「フォレスター」制度に倣って各地の森林組合による森林管理を取り纏める必要があるとのこと。

これまでは木の保育期だったが、これからは利用期に入る。
今なら未だ間に合う。
と言うか、遣り方さえ周到にやれば、かつてないほどのチャンスなのだという



何となく、周囲の山が「宝の山」に見えてきた

追伸
私達はとかく、確実に来る危機については考えたがらない。
例えば「自分の死」とか
しかし、それを覚悟すること、それに対して準備を整えておくことは社会的に生きる人間の最後の嗜みだと僕は思う。

「石油」無き後のビジョンも然り
それは「いずれ東京に大地震が起こる」といったような可能性の問題ではなく、確実に起こり得る問題なのである。
しかしそれは「死」ほど残酷なことではない。(まぁ今の暮らしこそハーレムだと思う人にとっては残酷かもしれないが)
一般生活で石油なんかに頼ってきたのはこの数十年なのだから、ちょっとだけ昔の暮らしに戻れば良いだけの話である。
否、今の内から準備をしておけば様々な技術革新によって今の生活水準は保てるのかもしれない。

なので…

国が「国民各々の死」までは世話出来ないのと同じように、石油無き後のライフスタイルは今のうちから各々で考えるべきだと僕は切に思う。



★今喫緊の事項は
「森林所有者のとりまとめ」、「作業道づくり」
「最新の林業機械の導入」、「効率的な作業システム
ドイツの「フォレスター」制度に倣って、日本でも各地の森林組合地域の森林管理を取り纏める必要がある。

これまでは木の保育期だったが、これからは利用期に入る。
今なら未だ間に合う。
と言うか、遣り方さえ周到にやれば、かつてないほどのチャンスなのだという

★林業は先進国型産業!?
産業用丸太の生産高は、後進国が1/3で先進国2/3
※後進国の木材生産プランテーション方式と原生林伐採なので林業とは言えない

ある程度太くすれば、集成材よりも無垢で利用することが出来る。
無垢の方が加工は簡単で製材加工コストも安く済む
勿論、細い木を何本も伐るより太い木を伐った方がはるかに効率は良い。

ドイツでは植林した木は余りなく、天然の力を可能な限り活かす方法を採っている。

★林業機械の違い
先進国では全て林業のために作られたモノだが、日本では建設・土木用のモノにアタッチメントを付けた代用品
それに、それらを輸入したとしても道交法の車高3.8m内には収まらずに運べないらしい

★皆伐はタブー、
皆伐すると巨額な再造林経費がかかり「持続可能林業」とは決して言えない。
「路網整備」と「間伐」で木を太くし、生産性だけでなく品質も向上する。
これが人工林資源を将来につなげる唯一の道である。

★ドイツ(この類の話になると必ず出てくる環境先進国。コレも日本人の悲しい性なのか…)では、林業の方が自動車産業よりも多くの雇用を生み出している。

外貨獲得をト○タにばっかり頼る御国の方々も、もう少しは「石油」無きあとのビジョンをお持ちになった方が宜しいのではないだろうか

だって、それは「関東に大地震が起きる」などの可能性の話ではない、数十年後の確かな話なのだから…



2010年12月24日金曜日

武道的思考~内田樹著

その中から気になった箇所を無作為に…

★武道は伝統文化であるという人は、明治以降私達が本来の武道というものをどのように破壊してきたのかの歴程を確認するという恥辱的な作業からまず始めなければならないだろう。

★日本の武道史上最大の失敗は、生き残るための政治的工作をしたことではなく、政治的工作をしたことを隠蔽したことである。

★本来、先人達が発明工夫した身体技法というのは、「他者との共生」を「生き延びるための必至の技術」として骨肉化することで向上するように構造化されている。
ゲーム性の強いスポーツの場合はそれが前景化しにくいだけだ。

★あらゆる人間的営為を悉く数値化・定量化し、それを格付けするという操作に日本人がこれだけ熱中したことはかつてあっただろうか…?

★身体能力にもたらされる変化は本質的には計量不能である。
世界の深みや厚みを計量出来ないのと同じように…
それを、デジタル化した数値の変化でしか確認出来ない今の現状は極めて危険な兆候と言わざるを得ない。

★「うつろなひと」は
人間的営為の全ては計量可能であると信じる計量主義者であり
リソースは厳密に個人の能力に応じて分配されるべきと考える能力主義者であり
自分に本来帰属する筈のリソースは「無能な他者によって不当に簒奪されている」と考える奪還論者である。
そのような人々で日本は今埋め尽くされつつある。

★「空腹」と「大食い」の違い
空腹は身体が何を求めているかかを示す大事な感覚であるが、それ自体は余り大事に思われない。
だから「空腹選手権」は存在しないが(断食大会はあるかもしれないが、それは空腹の度合いを競うのではない)、大食い選手権は存在する。
何故なら大食いは数値化出来るからである。

★武道的思考が興味を示すのは、身体の求めているものを知ることである。
そしてそれらが総じて、どのように生きたいか、そしてどのように逝きたいかなど生きることに関わる様々な訴えを高い感度で察知しようとするのである。

★基本的にTVは数値化出来るモノをテーマにしたがり、二元的に語ることを得意とする。
何故なら、「身体の震え」のようなものを誰にでも判りやすく報道することはかなり難しいからだ。
��Vが面白くないのはそのためである。

★ほんとうの身体機能というのは「ある時間上の点」から「次の時間上の点」まで移動する時に、どれだけ「細かく」その時間をコマ割り出来るかにかかっている。

★存在しないものとのコミュニケーション
中国で君子の学ぶべき学問として「礼・楽・射・御・書・数」の六芸が挙げられる
礼:葬儀の作法
楽:音楽の鑑賞と演奏
射:弓
御:馬術
書数:読み書き、算術

書・数以外は時間の中での考察であるが、今の学校では教えられていない。
(※一応音楽は科目にあるものの、現在の音楽教育は時間を軸として考察されてはいないし、弓道は選択科目)
つまり今の私達は「超越的なもの」とかかわる術も、時間の流れを行き来する術も、自分自身の身体と対話し異類の人々と交流する術も、どれも体系的に習得する機会に恵まれていない。
特に「礼」が人間が他の霊長類と区別出来る重要な要件であることが現在全く重要視されていないのが危険な状況である。

★武道的な動きには「自由に動けるが、同時にある種の秩序内にあることが最適な精度を維持するための条件である。

★「マイクロ・スリップ理論」の基本は、「運動の精度を上げるために出来るだけ決定を先送りすること」
ex:イチローの打撃スタイル

★合気道は「身体女情報の送受信速度を最大化すること」を目的としているので、稽古漬けになるとテレビのようなノイズの多いモノは「痛い」と感じるようになる。

★自分をスキャンする能力
cf:ミラーニューロン

★押し付けられた定型から逃れることは容易でるが、自分で選んだ定型から逃れることは難しい。
自由に振舞っているつもりの若者が、僕らから見れば定型から全然逃れきっていないように見えるのはそのためである。

★哲学者の哲学者性とは、畢竟するところ、自己の脳内に於ける無数の考想の消滅と生成を精密にモニターする能力に帰す。
同じルーティンの繰り返しは、そういう意味でも意義がある。

★「武道的」というのは、ぎりぎりまで削ぎ落とされた合理性のことである。
使えるものは何でも使う。無用なことはしない。生き延びるチャンスを高める選択肢は躊躇わずに掴む。心身のパフォーマンスを下げることはしない。
しかし、このような合理性は今では全く顧みられていない。
殆どの人は、身を削って権力にしがみ付き、金を稼ぎ、情報に翻弄され、無用な努力でストレスを貯め、結果何に対しても不機嫌になっている。



今の世の中には余りにもノイズが多い。
そうでなくても五官を研ぎ澄ますことは稀なのに、携帯や音楽プレーヤー、ゲーム機などで更に自身の感覚器官を塞いでしまっている。

そういう世の中だからこそ、武道的思考は「武道」のみならず日々の暮らしでも重要な思考なのだと僕は思う。

2010年12月17日金曜日

真剣にゴミを減らしたいならば

例えば転入届けのときのこと…

転出先から貰った書面には必要事項は全部記載されているのに、何故全く同じ内容を届出書類に再度記入しなければならないのだろう。
紙一枚が無駄だと思う。
※「それを記入する時間云々」とまでは言いたいけど言わない(言ってるけど…)

おまけに…

アパートには以前の住人が残していった「ゴミの出し方」や「避難ハザードマップ」が2セットあった。
にも関わらず、またファイルにパンパンに詰まった書類一式を頂戴する。

その中には「ゴミは分ければ資源です」とか、色々な「ご案内」が同封されていたが…

そんな書類がゴミ増大に寄与していると考えるのは僕だけだろうか…

2010年12月12日日曜日

980円の電気ストーブ

ケーズデンキで限定5台の日替わり商品
取り敢えず8時に店に行って見たが誰もいない…

これなら開店直前に出直しても大丈夫な気がしたが、臨戦態勢で臨むための読みかけの本(武道的思考/内田樹著)も持ってきていたし、折角だからと一番で整理券を貰うことを決意

しか~し…

持参した銀色マットに座っていたのだが、12月の山形はそれ位の断熱性能ではダメらしく、ちょうど近くにあった傘立にマットを敷いての読書タイム
これもブリコルールの心得か…(^^ゞ

そして…

二人目の人が来たのは1時間30分後の9時30分過ぎ

結局…

開店5分前に電気ストーブの整理券を貰ったのは僕を含めて2人
つまり開店直前どころか10時過ぎに来ても全然大丈夫だった訳である

しかしそれ以上に、店を後にする時にず~っと待機していた店頭を見て思ったのは…

12月の寒空の中、2時間もあんなところで過ごすことが出来るのなら
「そもそも電気ストーブなんて必要ないのでは!?」
という矛盾である

追伸
実際、未だそのストーブは箱から出していません…

2010年12月8日水曜日

山形市のWiMAX事情(お詫びと訂正)

僕が通常使っているスピードテストは
http://www.musen-lan.com/speed/
コレだと確かに山形駅の待合室で計っても0.7Mbps前後でした

しかし自宅で、他のモノで試して見ると…

USENのスピードテスト
http://www.usen.com/speedtest/top.html
だと、7Mbps前後

Gooスピードテスト
http://speedtest.goo.ne.jp/
では、5Mbps前後

どちらが正しいかは判りませんが、ゴールデンタイムにGyaoで映画を観ていても「Now Loading」になることも二三回(それもすぐ回復する)なので個人的には許容できる範囲です

2010年12月6日月曜日

ジム練習再開

引っ越しも無事に終わり、久々の独居生活に精神的にも落ち着く。
そして風呂を兼ねたスポーツジムに入会し、まずは温室トレーニングから再開。

で、久し振りに早速体脂肪計で計ってみると
体重:62.5kg 体脂肪量:10.6kg 体脂肪率:16.9%
※因みに、身長は168cm

ヤレヤレ…

機器が違うので一概には比較出来ないが、菜食主義に目覚めトライアスロンに挑戦しようと決心した2007年6月の
体重:63.9kg 体脂肪量:15.5kg 体脂肪率:24.25%

ほどではないにしても、絶頂期だった2009年7月の
体重:57.9kg 体脂肪量:6.4kg 体脂肪率:11.1%
※自慢ですが、この脂肪率はあくまでも「一般人」で計った値です。

の時に比べれば雲泥の差である

弛んだ腹にも落胆せず、鏡を直視出来るようになるのは一体何時の日になるのだろうか…

2010年12月5日日曜日

ガーミンでお遍路の道程を辿る

これまではタイムアウトエラーになって閲覧出来なかったのだが、ソフトウェアのバージョンアップで改善されたのかもしれない。

↑の大きさでは判らないと思うが、実際のGarmin Connect上では全く別な方向へ歩いていったりした軌跡が一目瞭然なので、当時の困惑した情景を思い返すことが出来たりする。

ただ今回は、密かに歩き御遍路最短記録も狙っていた(結果は28日)ので、ガーミンが電池切れになっても敢えて充電はせず行軍し続けた(理由は充電のために立ち止まる時間が勿体無かったから)。

なのでたとえば「ドライブイン水車(土佐清水市)~足摺岬」間の軌跡などはカウントされていなかったりする。
また赤い線が道路に関係なく直線でなっている区間も、実際の距離にはカウントされていない。
つまり、その足跡を完全に記録している訳ではないのがチト残念なり。

因みにこのデータの詳細は、garmin connectで閲覧出来るはず(見られなかったら悪しからず…)。
http://connect.garmin.com/activity/17479276

2010年12月4日土曜日

山形でradikoが聴ける!?

WiMaxのお試しルーターが届いた。
そいでもって早速radikoのサイトに飛んで見たら…

案の定エリアはTokyo Japanだった!

radikoは確かIPアドレスで位置情報を判断していると聴いたことがあったが、今回はUQからのレンタル機器だから聴けただけであって、本登録すると聴けなくなるんだべか…?

J-waveやInterFMは地元のコミュニティーFMで所々聴く事は出来るが(ただ折角興味深い話題の時に地元のCMが流れて辟易することも暫し)、まさか山形で「お気楽野村係長」が聴けるとは・・・

「そりまつ君、こりゃ一体どうなってるんだ?」

2010年11月27日土曜日

映画「南極料理人」にエキストラ出演

画像

すっかり忘れていたが、そのDVDが寒河江図書館にあったので今更ながらチェックしてみると…

1秒くらい映っていた。それも米粒大の大きさで…

そう言えば、数回のカメラテストの時はしっかりと俳優さんの斜め後ろをキープしていたのだが、本番のときだけ急に押し出されたんだっけ。

追伸
ちなみに本作のシーンのような集団走行は普通の大会では禁止されています。

2010年11月21日日曜日

「サクリファイス」&「エデン」

この世でもっとも美しく、効率的な乗り物
最低限の動力で、できるだけ長い距離を走るために、恐ろしく計算され尽くした完璧なマシン。
これ以上、足すものもなく、引くものもない。空気を汚すことすらないのだ。
~近藤史恵著「サクリファイス」より


そして、このたび遅れ馳せながらその続編である「エデン」を読んだ。

これで自転車乗りならずともグラン・ツールの世界に惹き込まれてしまう人も結構いるのではないだろうか。

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2010年11月13日土曜日

トライアスロン練習再開

2010年11月12日朝、小雨が降る中を約5ヶ月振りのラン
因みに前回は2010年6月17日(ジョグノートを付けているとこういう時には便利)
ただ、それだってジョグ程度の負荷であり、本格的な練習まで遡ると2009年9月の佐渡以降は何もしていない状態になる。
それでハワイに行こうとしているのだから、おめでたい

さ~て出発かと思いきや…

ガーミンのバッテリーはエンプティー、ラン用レインスーツのファスナーは錆び掛けていて、バイクの潤滑スプレーを吹き掛けてようやくジップアップ…

それでも走り始めは思ったよりも走れたが、チョッと坂になっただけで直ぐに心拍数は160オーバー
とても、130bpm前後での低負荷ジョグなど出来たものじゃない。

約90分で14km

たったコレだけなのに、翌日は超筋肉痛…

ヤレヤレ

2010年11月4日木曜日

「ぶんか、ぶんか」と朝も眠れず

11月3日(水)
日曜でもないのに静か過ぎる朝…???
現在1Q84を読み直しているせいもあり、「僕だけ何処か違う世界にトリップしたのか?」とも思ったが…

今日は、ぶんかのひ

そう言えば…

日本の祝日には「文化の日」とか「敬老の日」、ストレートなところでは「昭和の日」とか「建国記念日」云々…と、何故オブラートに包んだようなネーミングの祝日だけが多いのだろう…???

まぁ、右のひとも左のひとも…
そこのところは、まぁテキトーに参りましょう

そんな元来からの日本人の傾向は上手く機能している(或いは"いた")と、僕は皮肉抜きにそう思う
少なくても、何でもかんでもケチを付けるクレーマーやモンスターピープルが存在する世界よりはナンボかましだろう

でも、オブラートに包み過ぎて…

「体育の日」の由来が判らない人々(特にユトリ教育の申し子)が増えている現実も如何とは思うのだが…

2010年10月31日日曜日

レタス畑の憂鬱

未だ長野での収容所生活の呪縛からは逃れ切れてないらしい。
「さ~て、これから何をしょうか…」
という手持ち無沙汰の日々はもう暫く続きそうである。

ところで突然ですが…

ハワイ(Ironman World Championship)を目指すことにしました。
当然ですが、言うだけならナンボでも言えます。

因みに45~49歳枠で挑戦するとしたらスイムでは箸にも棒にも掛からないので…
180kmの距離をAv33km/hで漕ぎ続け、フルマラソンを3時間半でクリアしなければ到底無理である。

う~ん、50~54歳枠ならどうだろう…

取らぬ狸の皮算用

今日のところは「みんな、こんな天気が悪いんだ!」と天気のせいにしよう。

しかし、それ以前に…

今年の冬をどうするか考えなくちゃだワン

2010年10月29日金曜日

レタス畑を後にして

入山したのは6月21日だったので、結果として滞在は4ヶ月以上に上った。
そう言えば当初、お世話になった農家さんからの「9月の下旬には霜が降りるから覚悟してネ」という忠告は全く信用していなかったが、結局は3回手を悴ませながら白菜を収穫する破目になった。(それでも今年は全然少ない方らしい)

正直なところ仕事は非常に過酷であったし、相部屋の同僚クンのTVに噛り付く姿と夜のイビキ攻撃には限界近くまでストレスを感じていたので期間満了までの残り日数を数えない日は無かった位だが、いざ農家さんの御宅を後にする際にはやはり一抹の寂しさを感じてしまうものらしい。

それにこんなに長い期間、誰かに隷属して過ごしたせいか、晴れて自由になった今でも何をして良いかの自主決定が出来ず間誤付く状態には笑ってしまった。

とにかく…
お世話になったHさんの御家族一同様、本当に有難うございました。

そして摂り合えず…
実家に戻り今後の身の振り方を考えます。
実家の皆様、また暫く御厄介になりますので宜しくお願い申し上げ候。

��新潟県燕市のマクドナルド(116吉田店)にて

2010年8月15日日曜日

レタス畑でつかまえて

結局はボラバイト経由で、川上村のレタス農家にお世話になることと相成った。



そして約一ヶ月が経過して…


特に腱鞘炎と思われる腕のシビレによって、深夜にうなされること甚だし…
こたびの修行も、佐渡や御遍路に勝るとも劣らない過酷さである。

果たして、10月の出所の日まで無事に生きながらえることが出来るだろうか…

2010年6月16日水曜日

台本通りの報道

特にスポーツインタビューで目立つのだが、例えば「○○さん、今日のホームランは~だったと思うのですが…?」などと回答者の主張は意に介さない、つまり初めから回答がお膳立てされたモノが余りにも多いことである。

また、これに類する形で…

或る事件・事故が起こった時の「街の人々の意見」も、これまた台本通りの模範回答なのが吹き出してしまう位に可笑しい。

最も最近でこのような風潮の犠牲になったのはハト山さんかもしれない。
(例えそれが誤った方向だとしても)、全てはオピニオンリーダーの意図されるままに…
そういう風にして挙国一致体制が作られ、戦争に突入していった歴史があることを私達は決して忘れてはならない。

2010年6月12日土曜日

放浪中

結局、南房総での暮らしは中途半端に終わる。 足元も定まらず、何をして良いのかも決めあぐねて彷徨うことに…


2010年5月20日木曜日

今を生きる~Dead poet society

そう言えば、20歳の時に千葉に来て初めて観た映画だったような記憶がある

勿論、その時は何の感慨も見出せないまま劇場を後にしたっけ…
※それは確かフィールド・オブ・ドリームズとの同時上映で、単に勿体無いから観ただけだったような

それから20年…

何の因果か、去年の12月「唯単に住み易い暖かい所が良い…」という理由だけで館山に引っ越して来て約半年が過ぎ去った今、図書館にあったDVDで改めて観ることに…

まぁ映画自体は20年が経過した今でも"それなりに…"だったが、ロビン・ウィリアムズ扮する国語教師が引用したH・D・ソローの詩にハッと気が付く

「自由に生きるため 私は森に入る」
※↑は、酔っ払いながら観た、あくまでも僕が主観的に解釈した台詞であって正確ではありません。悪しからず(^^ゞ

どうやら佐渡以降の僕は、自惚れや虚栄心ばかりが先行し、トライアスロンを始めた頃の純粋で頑ななチャレンジ精神が萎えてしまっていたようである


この辺で、もう一度読み直して見る必要があるのかもしれない…

2010年5月19日水曜日

When the wind blows

先日、表題のアニメ映画を興味深く観た。
原題はマザーグースの子守唄とのこと

Hush-a-bye, baby,
on the tree top!
When the wind blows the cradle will rock;
When the bough breaks the cradle will fall;
Down will come baby, bough, cradle and all.

そもそも、日本に(と言うより沖縄に)基地が必要なのか…!?

僕は、TVでは半井さんの天気予報、新聞では女性セブンの中吊り広告しか見ないので定かではないが、この度の普天間問題が↑のような論調で話されることは滅多になかったのではないだろうか

↓は内田センセーの5月7日付「基地問題再考」から抜粋

さる新聞社より電話取材で、またまた普天間基地の話。
鳩山首相が沖縄に行ったが、はかばかしい成果がなかったことについて、その政治責任をどう考えるかというお訊ねである。
「はかばかしい成果がある」というのはどういう場合を指すのか、まず新聞社はそれを明らかにすべきであろうということを申し上げる。
他人の仕事について「はかばかしい成果が上がらなかった」というコメントを下すためには、「はかばかしい成果」は何かをまず明らかにする必要がある。

だが、メディアは普天間基地問題について、「こうすべきである」という具体的な提言をなしていない。

「米政府も政権与党も沖縄県民もみんなが満足するソリューション」を提示せよと言っているだけである
��だが、そのようなソリューションは存在しない)。

何度も言っているように、基地問題は変数が多すぎるために「正解のない」問題である。

私たちに出来ることは、「変数」を列挙し、そのうち「定数」に置き換えられそうなファクターをひとつずつ増やしてゆくことくらいである。

定数としてまず決めておくべきことは、日本国民は国内の米軍基地を「いずれ撤去すべきもの」と思っているのか、「恒久的に存続すべきもの」と思っているのか、どちらか、である。

私は「日本国内にある駐留米軍基地がすべての撤去されること」を求めるのは主権国家として当然の要求であると思っている。

メディアの論調を徴するに、国内に治外法権の外国軍基地が恒久的に存続することを「望ましい」と思っている人たちもおられるようだが、その方たちにはその理路をお示し頂きたいと思う。
そして、多少想像力があったら、私に向かって説いたのと同じことを、例えば幕末の京都の四条河原や、日露戦争中の日比谷公園で道行く人に声高に説き聞かせた場合、誰にも殴られずにいる可能性がどれくらいあるかについて考えてみるとよろしいかと思う。

私はとりあえず、「国内に治外法権の外国軍の駐留基地を持つ限り、その国は主権国家としての条件を全うしていない」という一般論についての国民的合意を形成したいと願っている。

それだけである。

そのようなささやかな願いでさえも、共有してくれる国民は決して多くないのである。

毎日新聞に先日普天間基地問題についてコメントをした。
それをそのまま採録しておく。

普天間問題の根本にあるのは、米国が日本に基地を置いていることのほんとうの意味について私たちが思考停止に陥っているということだ。

米国は日本に基地を置いている理由の一つは日本が米の軍事的属国だということを私たち日本人に思い知らせるためであり、もう一つは、中国、北朝鮮という「仮想敵国」との間に「適度な」緊張関係を維持することによって、米の西太平洋におけるプレザンスを保つためである。

米軍基地はすでにあるものであり、これからもあり続けるものだと私たちはみな思い込んでいるが、米国は90年代にフィリピンのクラーク空軍基地とスービック海軍基地から撤退した。
��008年には韓国内の基地を三分の一に縮小し、ソウル近郊の龍山基地を返還することに合意した。

いずれも両国民からの強い抗議を承けたものである。

米国防総省は沖縄の海兵隊基地については、県外移転も問題外であるほどに軍事的重要性があると言い、日本のメディアはそれを鵜呑みにしている。

だが、その言い分とアメリカが海東アジア最大の軍事拠点と北朝鮮と国境を接する国の基地を縮小しているという事実のあいだにどういう整合性があるのか。

とりあえず私たちにわかるのは、日本国民は韓国国民やフィリピン国民よりもアメリカに「侮られている」ということである。

普天間基地問題では、基地の国外撤退を視野に収める鳩山首相に対してメディアは激しいバッシングを浴びせている。

米国を怒らせることを彼らは病的に怖れているようだ。

だが、いったい彼らはどこの国益を配慮しているのか。
先日会った英国人のジャーナリストは不思議がっていた。

日本人は対米関係について考えるとき、決して対等なパートナーとして思考することができない。この「属国民の呪い」から私たちはいつ解き放たれるのか。

私の寄稿したすぐ横では、ある軍事ジャーナリストが沖縄に海兵隊があることの必要性について、歩兵ヘリコプターと揚陸艦の三者が一体でなければならないという戦術上の理由を挙げていた。
「現在の移転案では、三者が離れ離れになる。例えば、朝鮮半島で紛争が起きた場合でも、時間的ロスが多い。米側がのむわけがない。」

なるほど。

そこで、ひとつ質問。

朝鮮半島で紛争が起きた場合、いちばん時間的ロスが少ないのは、紛争地域に海兵隊基地があることである。

ところが、朝鮮半島の米軍は基地の縮小を受け容れている。

この事実はどう説明できるのであろうか。

別にそれほどややこしい話ではない。

韓国国内に基地を持っていることには軍略上の利益がある。

基地をもっていることで韓国内に深刻な反米運動がおこることには外交上の損失がある。

利益と損失を考量した上で、アメリカ政府は外交上の損失を避けた。

これは、現在の東アジア情勢においては、合理的な政治判断である。

つまり、米国の同盟国が「恒久的な米軍基地が国内にあることは同盟関係にむしろマイナスである」という主張をなした場合に、アメリカはその主張が合理的であれば、聞く用意がある、ということである。

しかるにこと沖縄については、海兵隊基地の基地機能が多少とでも損なわれるような提案は「アメリカはのむまい」と専門家たちは口を揃えて言う。

それはどれほどアメリカがごねても、同盟関係は少しも揺るがないであろうとアメリカ政府が思っていると彼らが思っていることを意味している。

アメリカ政府がほんとうのところどう思っているのか、私にはわからない。

けれども、日本はアメリカに対して反抗できないという「属国」条件を日本の軍事専門家たちが「定数」にして、そのコメントを述べていることはわかる。

彼らのその現状認識が十分にリアリスティックなものであることを私は喜んで認める。

けれども、その場合には、やはりコメントをするたびごとに「われわれはアメリカの軍事的属国民であり、軍事に関しては、アメリカの意思に反する政策決定をすることができないのだ」ということを明らかにし、「だから」という接続詞のあとに、自説を展開していただきたいと思う。

あたかも主権国家が合理的な判断として国内に外国軍基地を置くという「選択している」かのように語るのはフェアではないと私は思う。



僕は普段、新聞は人生相談しか読まない人間だが、今日は何故か「結局は現行案のまま…」の見出しが目に入ってしった。

結局、風は吹かなかったことになる…(今のところ)

これは、私達の総意が「揺り篭を落とす危険を冒してまで新しい風を吹かせる必要はない」と判断した結果だと僕は思うのだが、現実には鳩山さんの責任として氏に対する風当たりは更に激しさを増すだろう。

ただ鳩山さんも、チョッと前に新しい風を期待されて私達から担ぎ上げられたように僕は記憶しているのだが…

2010年5月3日月曜日

「R指定」考

僕はTVゲームや映画などのグロい映像そのものは、世間で言われる程に少年達に悪い影響を与えているとは思わない。

それよりも本来なら私達各々が自分の頭で想像し分別すべき事象が、所謂クリエイターと呼ばれる一部の人達の描く映像に頼り切りとなり、自分の五官では想像しなくなっていることの方が余程危険な状況であると思っている。

つまり、例えば…

或る児童が何かの腹癒せに校庭で飼っている兎を殺してしまうのは「ネットで知った過去の事件を真似したかった」からではなく、「腹癒せをする手段が、そんな事件を真似する以外に思い付かない」位に想像力が欠如しているからではなかろうかと…

2010年4月8日木曜日

国際宇宙ステーションには…

野口さん達のような元気な男の子のために、NASAが総力を結集して作ったバーチャル恋人(商品名:ビーナスZ号とか…)が何処かに隠されていると僕は睨んでいるのですが…(※その辺について詳しい方がいらっしゃいましたら是非教えて下さい!)

えにぃうぇい…

久し振りに地球からの訪問者、それもレディーが訪ねてくるということで、その辺に散らかしていたエ○本なんかも然るべき場所に隠しドッキングを待った野口さん達。

山崎さんのような美人を久し振りに目の前にして野口さん達は何と思ったのでしょうか…?

起ち上がれ!ニッポン
特に深い意味はありません。悪しからず

2010年3月30日火曜日

言葉尻

鳩山さんは「3月中に意見を纏める努力をする」と言っただけであって、「纏める」と断定してはいませんでした
(それはあくまでも、その根拠とされる29日付のニュースステーションでの鳩山さんの会見だけを見た限りですが…)

そして…

その発言に対して、岡田さん達が「首相、それはとても無理ッスょ~(^_^;)」と進言しただけであって、そういう議論は別に民主党に限ったことではなく、自分の意見を忌憚無く主張出来る組織内なら何処でも見受けられる光景です

それを古館さん達は
「こうも与党内での意見にバラつきがあるのは如何なものでしょうか!?」
と糾弾されては…

誰も何も喋れなくなっちゃうような気がします・・・

追伸
一番最後に動詞が来て且つ曖昧にしがちな日本語の性質なのに、他人の言葉尻を捉えて攻撃することは余り大人らしい行為とは思えないのですが…

まぁ、今日は富士山を拝めましたので良しとしませふ

2010年3月26日金曜日

セネカ現代人への手紙

自分自身への嫌悪を引き起こすのは常に何もしないのらくら暮らしである。

私はその日その日が我が最後の日と覚悟して生きている。

哲学は理論的でもあるが実践的でもある。なので私はそれを探求しているのであって、君たちに忠告したり、警告したりするだけで満足する者ではない。

何であれ、欲望によって得たものは全て他人のものであると考えよ。また運命が君のためにしてくれたことも君のものではない。他者から与えられたようなものは直ぐに取り戻されるものなのだから。

精神的に自由になりたいなら、貧乏になるか、貧乏の真似をせよ。

奴隷状態が人間を捉えていることは滅多にない。大抵は人間自らが奴隷状態でいることを掴んで放さないのだ。

荷物を背負ったまま泳いで助かる可能性は限りなく低い。

富の軽蔑こそ富へと達する最短の途である。

どんな処に死が待ち受けているか誰にも判らない。ならばこちらから待ち受けるべきである。

人は誰でも真に自分のもの~それは魂とそこから成熟した理性~以外は自慢してはならない。

私は大きくて何の不安もない智慧の大国を知っている。そこでは所有物はすべての人のものであるという意味において全てを所有している。

争いは獲物が存在するから起こる。しかしそれを得た者が最後まで幸福だった試しは一度もない。

運命に身を委ねたる者は大いなる魂である。運命には逆う者、世界秩序について悪しく思う者、自分自身でなく世界を改良しようと思う者は墜落した人間である。

2010年3月22日月曜日

大人のいない国~鷲田清一・内田樹著

成熟というのは「生き延びる知恵」である。

しかし、これ程までにセーフティーネットが完備された豊かで安全な社会にあっては、もはや生き延びる知恵など全く必要としなくなった。
故に子供のままでも十分に生きていけるようになったので、無理に大人にならなくても良くなったのだと言う。

例えば…

① 直ぐに、責任逃れや犯人探しをしたがるクレーマーやモンスターな人々

② 「自己主張」だけで我を通す余り、誰にも相手にされなくなる「自分探し」の旅人

③ 全ては「金」が解決すると信じて止まない「金」全能主義者

そう言われてみれば、似たような性癖の子供が、昔は(そして多分、今でも…)クラスに一人は存在していたように思う。

しかし、大人と言うのは…

① 社会的に生きていく以上、各人がそのシステムの構成員であることを忘れてはならない。
先ずは「自分だけはその責任から逃れられている」という錯覚から目を覚ますべきだ。

② 「自立」というのは「相互依存」のシステムを上手に利用し、本来"不完全"である自分を補完しながら生きていくことである。
また、「個性」や「適正」というのは他者から認められて形成されるモノであって、自分で決定することは不可能だと気付くべきだ。

③ 「金」だけに限らず権力や名誉など、皆が同じ価値観を持つことは、思想統制された社会で生きていくのと同じ位に危険である。
確かに、或る集団にとって同じ価値観を持つことはその秩序を保つ上では非常に効率的な手段である。
しかし、集団を纏め上げることと集団を成熟させることは異なる事項である。
あらゆる価値観があり、その狭間で葛藤し自分で解決策を見つけてこそ子供は成長するのである。

なるほど…

①について
例えば先日起きたグループホームでの火災事故
マスコミは火災報知器の設置義務違反や夜間スタッフの不足など、設備の欠陥を責めてばかりいたが…
いざ自分自身の親が或る老人ホームに入居していて、その経営者から「今後に備えて夜間のスタッフを増やしたいので、来月からその費用を上乗せしたいのですが…」と打診された時に、私達は快く返事を出来るだろうか…
「もっと施設の方で企業努力をするべき!」なんて言いたくならないだろうか…
誰しもクレーマー的な所見を持ち合わせていると自省する必要がありそうだ。

②について
「おひとりさま」現象などは、「自立」が「孤立」に向う顕著な例だろう。
私も反省しているが、最近の私達は誰もが自分自身を可愛がり過ぎているような気がする。
今こそ見つめ直す時期なのかもしれない。

③について
例えばチョッと前までは、親戚や近所に生産的な活動をしていないけれども何となく憎めない「変なオジさん」が一人は居たモノだ。
ところが今では学校も親も「金を稼いて偉くなること」だけに全精力を注いでいる。
変なオジさんは、その地域で見守って行く愛すべき対象ではなく、「あんな大人にならないように」という反面教師としてしか存在価値は無くなってしまった。
もしも、そのオジさんが崇高な哲学を持っていたとしても、今の子供にはそんなモノは全く必要が無い(と、両親も学校も国もそう考えている)。
必要なのは、工業製品を一つでも多く輸出する能力であり、株価チャートを見抜く眼力であり、つまり何が何でも他よりも勝ることである。
最近露呈している社会の様々な問題は、そういった画一化された価値観を様々な方向に開放させるだけでもそれなりに解決の方向に向うと私は思っている。
少なくても「少子化担当大臣」をリーダーに対策を練り上げていく「学級委員会」的な発想よりは何ぼかマシなのではないだろうか!?

そして最後に内田氏は…

国民全員を斉一的に大人に仕立て上げるシステムを作るのではなく(それこそ子供の発想だから却下すべし)、現在も好調に機能しているように見えるこの「全国民の規格化・標準化」システムに適度な「ノイズ」を発生させ、局地的な「無秩序」を生み出す必要があると訴えている。

微力ながら、今後は私もノイズを出し続けて行きたいと思った次第である。
※私は社会適応能力がない分、その方面に関しては平均以上だと自負しておりマス…/(^^ゞ

2010年2月1日月曜日

「新相撲協会」旗揚げ!?

昔は結構相撲フリークだったが、時津風部屋の例の事件以降は全く観ないことにした。

だが今回の理事長選挙は久々に注目した。
私の目論見としては…

①理事長選には落選
②そのまま表題の協会を設立
③今年の大晦日には「S1」なるテレビ番組がオンエア

だったのだが…

解雇(或いは除名?)は時間の問題となった朝青龍だけでも十分に集客は見込めるだろうし、大麻事件でトバッチリを受けた若ノ鵬や、露鵬、白露山などを呼び寄せても面白いと私は心底そう思うのだが、如何だろうか?

追伸
「現役時代の貴乃花親方と掛けて、その女将さんと解く」

そのこころは…!?

「やっぱり稽古(景子)が大好きです」

2010年1月10日日曜日

AKB48の娘達が…

み~んな同じお人形のように見えてしまうのは僕だけでせふか…!?

仕事もせずに一日中走ったり本を読んだりするだけの暮らしを続けているので、人間の「表情」を認証する能力が退化したのかもしれませんけど…