昨今巷でははコロナ禍で五輪を開催することの意義ばかりが取り沙汰されているが、ここでは敢えてその発端から振り返る。
そもそもその発端は石原都知事の復興五輪である。氏はその直前に「津波は天罰」と豪語している。「日本に蔓延る我欲は一掃されるべき」と豪語した人物が、復興の名を借りて私腹を肥やそうとした時点で、この企画には天罰が下るべきだと個人的には呪いのように祈っていた。
ところが事態は私の呪いをよそに実現する。
招致時に謳われた「コンパクトな大会」も、資金が余すところなく注入され肥大化していった。招致時に絡む贈収賄疑惑も取り沙汰されたが国内では殆ど話題にはならなかった。国内の大手報道社がスポンサーであれば当然である。
そして滞りなく進むかに思われた前にたちはだかったのがコロナウィルスである。私の呪いが天にまで届いたかのような、五輪で私腹を肥やそうとしていた人々への天罰が下ったと私は思っている。とにかく、これで万事休すと誰もが思ったが、国のトップが「開催権はIOCにある」と逃げ口上。おまけにそのIOCが「犠牲を払ってでも開催する」と言い出した。仮にも我が国は主権国家である。開いた口が塞がらなかった。案の定、これまで口を閉ざしてきた人々も五輪反対を訴え出したが時既に遅しだった。
私たちが声をあげる機会はあったが、結局どれも曖昧なまま現在に至る。故に今の彼らの念頭には、五輪開催云々より、これまでの経緯をあぶり出され、その責任を負わされないようにすることだけを考えているはずだ。
大盤振る舞いでm54膨れ上がった予算は、インバウンド効果を見込めなくなった時点で、その赤字額は彼らでさえぎょっとする額になったはず。その負担は結局、都民を始めとする私たちの税金で賄われるのは必至である。
私たちが忘れてならないのは声をあげ続けることである。五輪中継で浮かれているだけではいけない。
保存14:58
そもそもその発端は石原都知事の復興五輪である。氏はその直前に「津波は天罰」と豪語している。「日本に蔓延る我欲は一掃されるべき」と豪語した人物が、復興の名を借りて私腹を肥やそうとした時点で、この企画には天罰が下るべきだと個人的には呪いのように祈っていた。
ところが事態は私の呪いをよそに実現する。
招致時に謳われた「コンパクトな大会」も、資金が余すところなく注入され肥大化していった。招致時に絡む贈収賄疑惑も取り沙汰されたが国内では殆ど話題にはならなかった。国内の大手報道社がスポンサーであれば当然である。
そして滞りなく進むかに思われた前にたちはだかったのがコロナウィルスである。私の呪いが天にまで届いたかのような、五輪で私腹を肥やそうとしていた人々への天罰が下ったと私は思っている。とにかく、これで万事休すと誰もが思ったが、国のトップが「開催権はIOCにある」と逃げ口上。おまけにそのIOCが「犠牲を払ってでも開催する」と言い出した。仮にも我が国は主権国家である。開いた口が塞がらなかった。案の定、これまで口を閉ざしてきた人々も五輪反対を訴え出したが時既に遅しだった。
私たちが声をあげる機会はあったが、結局どれも曖昧なまま現在に至る。故に今の彼らの念頭には、五輪開催云々より、これまでの経緯をあぶり出され、その責任を負わされないようにすることだけを考えているはずだ。
大盤振る舞いでm54膨れ上がった予算は、インバウンド効果を見込めなくなった時点で、その赤字額は彼らでさえぎょっとする額になったはず。その負担は結局、都民を始めとする私たちの税金で賄われるのは必至である。
私たちが忘れてならないのは声をあげ続けることである。五輪中継で浮かれているだけではいけない。
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