いわゆる「なぜ○○はXXなのか」的ウケを狙った△△新書の類と捉え、まえがきとあとがきを読んだだけである。
(半分までななめ読みしたが多分そうみたいだった…。ただ決して悪く言うつもりはない。まえがきにかかれとことを逐一研究で実証するそれだけの内容である。)
なので、それだけでの感想なり…
子供は大人をよく観察している。
子供だけがかんくれんぼができないのではなく、今の大人もかくれんぼはできない。
世間体、効率性、時間的空間的余裕、遊戯の多様化、いろんな要素が絡まっているが、大人は「○○ごっこ」の要素を悉く社会から排除してきた。
子供はその状況を見て、大人の素振りを真似ているだけである。
未だ僕らが子供の頃(昭和44年生れ)には野原で野球をしていると、仕事が早く終わったのか仕事にあぶれたのか、見知らぬオッサンが突然現れてノックや審判をしてくれたりした。しかしそんな風景は現在では多分有り得ない。
否、今でもそんな風にして遊びたいと思っているオッサンはいるかもしれない。
しかしその類のオッサンは、子供たちの遊びの輪からは徹底的に排除されている。
つまり、子供がかくれんぼできなくなったのは大人がその環境を排除したからである。
ゆえに…
先ずは大人がスマホ中毒になっている現状を改めるべし。
そして人生はソロバンではじくことはできないと悟るべし。
もちろん、良い学校とか良い会社なんて定義など虚空に過ぎない。
その辺を子供にしっかり伝達できるかに尽きる。
著者も冒頭で使い古された言葉と前置きした上で言っているが「大人が変われば子供は変わる」のである。
ただそれだけなのに「教育問題」として頭の固くなった大人が机上で議論し合っても余り意味はないと私は思う。
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