2014年7月5日土曜日

(投稿)最小限度に限度はない

これだけはどうしても言っておきたかったので文面を変えたりニュアンスを変えたりして合計三回も朝日に投稿したが、敢え無く玉砕…。そんな訳でここで披歴する。
無名市民とお坊ちゃま君との戦いは第二ラウンドに入った。

★2014/04/15
抑制や限定というのはいずれ解除される可能性がある。否そういう運命にあると言っても良い。もし人間が抑制の効く種族ならば肥満などという現象は起きない。というか肥満で済むならまだましな方だ。ギャンブルやアルコールに至っては破滅に導くことさえある。故に私は集団的自衛権の限定容認には断固反対する。「我が国の脅威とみなされる」事象については、北朝鮮のミサイル発射演習は無論、中国のPM2.5さえその火種と解釈することも可能になる。「必要最小限の行使」など、いざ武力衝突に発展したら何の意味もなさない。「他国・領海外では行使せず」も同様、囲碁や陣取り合戦を考えれば明らかだが、そんな線引きはあってないようなものだ。私は専守防衛という概念は憲法9条を遵守できた最後の砦だと考える。この砦を超えれば自ずと戦闘に巻き込まれる。それが国民の総意ならば私も従うしかない。しかし時の宰相の解釈変更だけで若者を戦地に送り出すことだけは絶対に許容できない。最近の氏の言動が「国権の発動」を誇示し、国民にも同調を促しているのは間違いない。その是非を判断するのは私達である。但しそれは民主主義と立憲主義が存続している期間内の話ではあるが…。

★2014/05/14
もし私達が必要最小限で抑制できる生物ならば、例えば肥満という問題は起きない。アルコールの場合には破滅にさえ導く。つまり限度や抑制というのはいずれ解除される運命にある。故に私は集団的自衛権には限定的でも反対する。まず時の宰相が最小限度に抑制できる人間だとは到底思えない。とにかくあそこまで喉から手が出る位に欲しがる権利である。私達がそんな物を手にした時のどうなるか。勿論安倍さんも人間である。次に「最小限の行使」と注文を付けて若者を前線に送り出すことに非情なまでの罪悪感を感じる。最後まで攻撃をためらい銃弾に倒れる若者が想像される。国は殉職として称えるだろう。私には犬死にしか思えないが。私は専守防衛という概念は憲法9条を遵守できた最後の砦だと考える。この砦を出れば必ず戦火に巻き込まれる。自衛隊は軍隊とみなされる。もちろんそれが国民の総意なら致し方ない。しかし時の宰相の解釈だけでそうなるのは許せない。もしそこまで集団的自衛権が必要だというのなら、なにも最小限度などと遠慮したり、過去の判例を持ち出したりせず堂々と本音を主張されれば宜しい。そして改めて国民にその是非を問うべきだと私は思う。

★2014/06/15
もし私達が必要最小限で抑制できる生物ならば、たとえば肥満という現象は決して起こり得ません。アルコールや麻薬に至っては破滅にさえ導きます。つまり最小限度や抑制というのはいずれ解除される運命にあると言っても過言ではないでしょう。故に私は集団的自衛権の行使には例え最小限度に留めるとしても断固反対します。私は専守防衛という概念は憲法9条を遵守できた最後の砦だと考えます。砦の中にいる限りは「自衛隊は軍隊ではない」と内外に公言できます。しかし一歩でも砦を出れば、自衛隊が軍隊とみなされても何の言い訳もできなくなるのです。恐らく時の内閣もそこを狙っているのでなないでしょうか。どんな手段でも良いから海外派兵した既成事実を一つ作れば、あとはなし崩し的に9条改定まで持っていけると。そうでなければ72年見解のような明らかに見当違いの判例など持ち出さない筈です。今私達は正念場に立たされています。時に甘く囁き、時に感情的に訴えつつ「最小限ですから」などと言う口上に騙されてはいけません。「絶対にあり得ない」ことなど絶対にあり得ないと私達は先の大震災で痛感した筈です。砦を出たら必ず何かが起こります。それだけは決して忘れてはなりません。

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